「テレビで心神喪失で無罪と聞いたけどなんで?」
「家族が精神的な病気を抱えているけど、事件を起こしたらどうなるの?」
ニュースで、「心神喪失により無罪」「心神耗弱で減刑」という判決を見て、「どういうこと?」と思った経験がある方も多いでしょう。
心神喪失・心神耗弱とは、精神の病気(統合失調症など)によって、善悪の判断や自分の行動をコントロールする力が失われた状態のことです。
ただ、病気があれば必ず無罪になるわけではありません。
実際には、精神鑑定を経て、裁判所が「犯行時に善悪の判断ができたか」「犯行の計画性はあったか」などが総合的に判断されます。
本記事では、心神喪失・心神耗弱の定義や違い、実際の判断方法、過去の判例などについて、わかりやすく解説します。
目次
「心神耗弱」と「心神喪失」とは?
「心神耗弱・心神喪失」とは、刑事責任能力が欠けた、または著しく低下した状態のことです。犯罪行為を行っても、「心神喪失」が認められれば無罪となり、「心神耗弱」が認められれば刑は減軽されます。
■刑法第39条
1 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
それぞれがどのような状態を指すのか、詳しくみていきましょう。
◉ポイント
心神耗弱・心神喪失だと、なぜ刑が免除・減刑される?
これは、犯罪が成立するためには「責任(有責性)」が必要だからです。
「責任(有責性)」とは、簡単にいえば、「自分の行為が悪いことだと理解し、それを踏みとどまることができる能力」です。
責任能力がなければ、行為者を非難できないので、「責任なければ刑罰なし」が近代刑法の大原則とされています。
心神喪失・心神耗弱は、精神上の障害によってこの責任能力が欠けているため、刑が免除・減刑されるのです。
心神喪失とは
心神喪失とは、精神の障害によって、事理弁識能力(物事の善悪を判断する能力)または、行動制御能力(その判断に従って行動する能力)が完全に失われている状態を指します。
簡単にいえば、自分が何をしているのかまったく分かっていない、あるいは分かっていても自分の行動をコントロールできない状態です。
たとえば、重度の統合失調症で、妄想・幻覚に完全に支配された状態、あるいは重度の知的障害で善悪の区別がつかないケースなどが該当します。
心神喪失者の行為は、刑法39条1項により「罰しない」とされています。つまり、犯罪は不成立(無罪)となります。
心神耗弱とは
心神耗弱とは、精神の障害によって、事理弁識能力または行動制御能力が著しく低下している状態を指します。
「心神喪失」との違いは、責任能力が完全に失われているのではなく、著しく劣っているものの、まだ残っているという点です。つまり、責任能力が完全にある状態と、まったくゼロの状態の中間に位置する、「限定責任能力」の状態です。
心神耗弱者の行為は、刑法39条2項により「その刑を減軽する」とされています。
なお、精神の障害により判断能力が低下していても、それが「著しい」といえるレベルでなければ、心神耗弱とは認められません。
単に判断能力が低下しているだけなら、法律上の減刑事由には当たらず、情状として考慮される(酌量減軽)にとどまります。
心神喪失と心神耗弱の違い
心神喪失と心神耗弱は、どちらも「精神の障害によって、刑事責任能力が不十分な状態」ですが、その程度や法的な扱いには3つの違いがあります。
項目 | 心神喪失 | 心神耗弱 |
---|---|---|
責任能力 | 責任無能力 (責任能力なし) | 限定責任能力 (責任能力が著しく低下) |
法的効果 | 無罪(刑法39条1項) | 刑の減軽(刑法39条2項) |
判決後の流れ | 医療観察法による入院・通院の可能性 | 通常の刑務所で服役 |
責任能力
1つ目の違いは、責任能力の程度です。
心神喪失は、責任「無能力」の状態です。事理弁識能力や行動制御能力が完全に失われており、責任能力がゼロの状態を指します。
これに対して、心神耗弱は「限定」責任能力の状態です。責任能力が著しく減退しているものの、完全には失われていません。
決して正確ではありませんが、通常の人に「100の責任能力」があるとすれば、責任能力が0なら心神喪失、100よりも著しく劣っていれば心神耗弱になるようなイメージです。
刑事裁判では、この責任能力の有無・程度が最も重要な争点となります。
法的効果(刑事処分への影響)
2つ目の違いは、法的効果、つまり刑事処分への影響です。
心神喪失が認められると、責任が阻却されるので、犯罪は不成立(無罪)となります。つまり、犯罪行為を行ったことが事実でも、刑事責任には問われないということです。
一方、心神耗弱が認められると、刑法39条2項により刑が必ず減軽されます(必要的減軽)。ただ、あくまでも減軽なので、犯罪が不成立となるわけではありません。
刑の減軽の程度は、刑法68条により定められています。
法律上刑を減軽すべき一個又は二個以上の事由があるときは、次の例による。一 死刑を減軽するときは、無期又は十年以上の拘禁刑とする。
二 無期拘禁刑を減軽するときは、七年以上の有期拘禁刑とする。
三 有期拘禁刑を減軽するときは、その長期及び短期の二分の一を減ずる。
四 罰金を減軽するときは、その多額及び寡額の二分の一を減ずる。
五 拘留を減軽するときは、その長期の二分の一を減ずる。
六 科料を減軽するときは、その多額の二分の一を減ずる。
たとえば、殺人罪を犯して、量刑相場が無期懲役の事件が有期の懲役判決になる、あるいは懲役10年が量刑相場の事件が、懲役7年になるようなイメージです。
判決後の処遇
3つ目の違いは、判決後の処遇です。
心神喪失で無罪や不起訴となった場合、そのまま自由の身になるわけではありません。多くの場合、医療観察法に基づく審判を受けることになります。
医療観察法の審判で「医療を受けさせる必要がある」と判断されれば、指定医療機関への入院または通院が命じられます。これは刑罰ではなく、医療的な措置という位置づけです。
一方、心神耗弱で減刑された場合は、通常の受刑者と同じように刑務所で服役します。刑期は短くなりますが、あくまで刑罰を受けることに変わりはありません。
ただし、刑務所内でも精神疾患の治療は継続され、医療刑務所などの専門施設で服役することもあります。
心神喪失・心神耗弱の判断方法は?
心神喪失や心神耗弱の判断では、精神医学の専門的な知見と、法的な判断の両方が必要となります。
刑事裁判で、これらがどのように判断されるのかを見ていきましょう。
一次的には精神鑑定が実施される
心神喪失・心神耗弱の判断にあたっては、まず精神鑑定が実施されます。この精神鑑定には、大きく「簡易鑑定」と「本鑑定」の2種類があります。
簡易鑑定は、捜査段階で行われる比較的簡単な鑑定で、数時間から数日程度で実施されます。主に、検察官が起訴・不起訴を判断するときの参考資料となります。
一方、本鑑定は、起訴後に裁判所の決定により行われる本格的な鑑定です。2〜3か月程度かけて、精神科医が被告人と面接を重ね、心理検査や生活歴などが調査されます。
そして、精神鑑定の結果を踏まえて、
・ 精神障害が、責任能力にどの程度の影響を与えたのか(心理学的要素)
などについて、専門医の意見が示されます。この「生物学的要素」と「心理学的要素」が、刑事責任能力を判定するときの前提事情です。
要素 | 内容 |
---|---|
生物学的要素 | 被告人に精神障害が認められるのか ・統合失調症、うつ病、躁うつ病 |
心理学的要素 | 精神障害が責任能力にどの程度影響していたのか ・犯行前後の行動の異常性 |
最終判断は、精神科医ではなく裁判所が行う
医師の精神鑑定でどのような結果が出ても、それだけで心神喪失・心神耗弱と判断されるわけではありません。最終的な判断は、あくまでも裁判所が行うからです。
判例では、心神喪失、心神耗弱にあたるのかの判断はもちろん、その前提となる「生物学的要素・心理学的要素」についての評価も、究極的には裁判所に委ねられるべき問題だとされています。
つまり、裁判所は、精神科医の鑑定結果に拘束されず、心証にもとづいて判断できるということです。
一 刑法三九条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であつて、専ら裁判所に委ねられるべき問題である。
二 刑法三九条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかの法律判断の前提となる生物学的、心理学的要素についての評価は、右法律判断との関係で究極的には裁判所に委ねられるべき問題である。
(出典:最判昭和58年9月13日)
実際、「被告人が犯行当時、心神喪失の情況にあった」という精神鑑定書が採用されず、総合判断によって、裁判所が「被告人は心神耗弱だった」と認定した判例もあります(最判昭和59年7月3日)。
ただ、もちろん精神鑑定の結果をまったく無視できるというわけではありません。
鑑定意見を採用しない場合は、鑑定の前提条件に問題があったりするなどの理由が必要とされており、精神鑑定の結果について十分な尊重が必要とされています。
1 責任能力判断の前提となる生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。
(出典:最判平成20年4月25日)
心神喪失・心神耗弱が問題となった判例
実際に、心神喪失・心神耗弱が認められた判例を2つ紹介します。
心神喪失によって無罪となった判例
1つ目は、殺人事件で心神喪失が認定された事例です。
アルコール依存症による脳の病気が犯行に強い影響を与え、正常な判断ができない状態だったとして、無罪が言い渡されました。
母親殺害の罪 58歳男性に無罪判決”心神喪失否定しきれず”
(出典:NHK 03月14日 17時19分)
心神耗弱によって減軽された判例
2つ目は、殺人事件で心神耗弱が認められた事例です。
被告人は、犯行当時、妄想型統合失調症にかかっていました。ただ、犯行前後の計画的な行動などが考慮されて、「心神喪失」ではなく「心神耗弱」と認定。
懲役5年の実刑判決が言い渡されました。
大分地裁「心神耗弱だったが正常な精神機能も残っていた」父親殺害の息子に懲役5年
(出典:日テレNEWS 2025年1月29日 17:55)
心神喪失・心神耗弱が疑われる方のために行う弁護活動
ここまで説明したとおり、心神喪失・心神耗弱が認められるかは、刑事処分に大きく影響します。
そのため、弁護活動においても、依頼者に精神の障害が疑われ、心神喪失・心神耗弱が認められる可能性があれば、それを積極的に主張・立証していくことになります。
では、心神喪失・心神耗弱が疑われる方のために弁護士に何ができるのか、具体的な弁護活動を説明します。
まずは依頼主の精神障害を察する
心神喪失・心神耗弱が疑われる事件で、弁護人がまず行うのは、依頼主の精神障害を察することです。
依頼者の中には、相談を受けたタイミングで精神障害の有無が明らかでない人もいるからです。これまで診断を受けたことがない、家族も障害があることを知らなかった、本人も自覚していないといったケースは決して珍しくありません。
もちろん、実際にはその後、精神科医の診断が必要になりますが、相談を受けたタイミングで可能性に気づけなければ、そのまま事件が進展してしまうおそれがあります。
そのため、接見時や初回相談時に、まずは依頼者の所作や言動、雰囲気などから精神障害の可能性を感じ取っていきます。
また、話を聞いていくうちに、精神科への通院歴が明らかになるケースも多いです。「実は以前、統合失調症と診断されたことがある」「薬を処方されていたが、最近飲んでいなかった」といった情報が出てくることもあります。
心身耗弱・心身喪失の主張、立証
精神障害の可能性に気づいたら、ご本人・ご家族などとも相談して弁護方針を決定します。
そして、刑事責任能力を争う場合は、心身喪失・心身耗弱などが犯罪に影響していたと立証できるだけの証拠を収集していきます。
まず、捜査段階から精神鑑定の実施を検察官に要請し、起訴後は裁判所に対して鑑定請求を行います。場合によっては、弁護側で私的鑑定を実施するなどの方法も考えられるでしょう。公判でも、鑑定書の提出、被告人質問、家族や関係者の証言など、あらゆる方法で刑事責任能力を争っていきます。
仮に完全責任能力が認められても、精神疾患が犯行に影響したことを情状として主張していけば、酌量減軽による刑の軽減も期待できます。
刑事事件の弁護はグラディアトル法律事務所へご相談ください。
ご家族が逮捕され、心身耗弱・喪失が疑われる方は、ぜひ弊所グラディアトル法律事務所にご相談ください。
刑事事件において、心神耗弱・心神喪失の主張は、無罪や大幅な減刑につながる重要なポイントです。しかし、精神障害の有無を見極め、適切に主張・立証するには、刑事弁護と精神医学の両面に精通した弁護士の存在が不可欠です。
グラディアトル法律事務所は、刑事事件を得意としており、多くの解決実績を有している法律事務所です。
13名の弁護士がそれぞれが得意分野をもっておりますので、逮捕された方や取調べを受けている方に対し、刑事事件に強い弁護士ならではの充実の刑事弁護を提供いたします。
「家族の様子がおかしいが、精神的な問題があるのか」「心神耗弱・心神喪失が認められる可能性はあるか」など、どんなお悩みでも構いません。24時間365日相談を受け付けていますので、ぜひお気軽にご相談ください。
心神喪失・心神耗弱に関するよくある質問
実際に多く寄せられる質問について、Q&A形式でお答えします。
Q.精神疾患があれば、必ず刑が軽くなりますか?
A. いいえ。精神疾患があっても、必ず刑が軽くなるわけではありません。
精神疾患が犯行にどのように影響していたのか、犯行時の責任能力がどの程度あったのかを裁判所が総合的に判断して、刑の重さを決定します。
Q.泥酔して記憶がない場合は、心神喪失・心神耗弱が認められますか?
A. 自らの意思で飲酒した場合、一般的な酩酊状態なら、心神喪失・心神耗弱は認められないケースが多いです。つまり、「酔って覚えていない」というのは基本的には通用しません。
ただ、複雑酩酊、病的酩酊などのケースでは、心神耗弱・心神喪失が認められることもあるので、該当する可能性がある場合は弁護士へご相談ください。
Q. 刑事裁判で心神喪失・心身耗弱が認められた場合、被害者への賠償責任はどうなりますか?
A. 民事上の賠償責任は、原則として残ります。
刑事責任と民事責任は別物だからです。そのため、心神喪失で無罪となっても、心神耗弱で減刑されても、被害者に対する損害賠償責任は免れません。
なお、民事上の責任能力も否定されると、本人の賠償責任が否定されますが、代わりに監督義務者(家族など)が賠償責任を負う可能性があります。
まとめ
最後に、記事のポイントをまとめます。
◉心神耗弱・心神喪失とは
・ 心神喪失とは、責任能力が完全に失われた状態
・ 心神耗弱とは、責任能力が著しく低下した状態
◉心神喪失と心神耗弱の主な違い
・ 責任能力|心神喪失は責任「無能力」、心神耗弱は「限定」責任能力
・ 法的効果|心神喪失は無罪、心神耗弱は刑の減軽(必要的減軽)
・ 判決後|心神喪失は医療観察法による入院・通院の可能性、心神耗弱は刑務所で服役
◉心神耗弱・心神喪失の判断の流れ
①精神鑑定の実施|専門医が精神障害の有無や犯行への影響について意見を出す。
↓
②裁判所による判断|精神鑑定を尊重しつつも、最終的には裁判官がすべての証拠を基に判断する。
◉心神耗弱・心神喪失が疑われる場合の弁護活動
・ 面談などを通じて、精神障害の可能性に気づく
・ 精神鑑定の実施を検察官や裁判所に求め、責任能力を争うための証拠を収集する。
・ 法廷で鑑定結果などを用いて、無罪や刑の減軽を主張・立証する。
以上です。
刑事裁判でお困りの方は、ぜひグラディアトル法律事務所にご相談ください。
グラディアトル法律事務所の弁護士は数多くの刑事事件を取り扱っており、圧倒的なノウハウと実績を有しています。
それぞれの弁護士が得意分野をもっておりますので、各事件の特性に応じた充実した刑事弁護をご提供いたします。