痴漢で逮捕!冤罪・自白ごとのその後の流れや対処法、示談金相場、不起訴率、判例など、弁護士が徹底解説

満員電車や人の多いバスに乗るとき、突然女性に痴漢だと言われてしまわないか、心配しながら乗っている男性も少なくないでしょう。

本来、刑事事件では「疑わしきは被告人の利益に」と言われるとおり、検察官による立証がされない限りは、原則として被疑者や被告人は無罪だと考えるべきだとされています。

しかし、痴漢事件においては、映画でも問題になったように、「この人チカンです!」と被害女性から手を掴まれ、痴漢があったと申告があれば、逮捕され、認めるまで警察の留置所から外に出られないといった印象をお持ちの方が多いでしょう。

痴漢で疑われて駅員室に連れていかれた時点で、痴漢をした疑いのある人ではなく「痴漢をした人」として扱われることが多く、被害者が手を掴むなどした時点ですでに「逮捕された」ことになる場合も多いです。

また、社会問題化している痴漢冤罪事件により大きな傷を負ってしまった方もいらっしゃいます。

当法律事務所の弁護士たちは、痴漢冤罪事件での弁護活動において、早期釈放や不起訴処分を得るなどの実績があります。

本記事では、弁護士の経験を踏まえ、冤罪事件で「この人チカンです!」と言われてしまった場合の対処法、現行犯逮捕されてしまった場合や期日逮捕・通常逮捕された場合のその後の流れや対処法、痴漢で逮捕された場合に弁護士ができること、痴漢事件の不起訴率や示談金相場、判例などについて、詳しく解説していきます。

目次

痴漢とは?何罪なのか?

「痴漢」とは、他人に対し、性的な行為や卑わいな言動をするなど、性的な嫌がらせをすることをいいます。

痴漢行為をすると、犯罪が成立します。

多くは電車やバスなどの公共交通機関での痴漢行為です。
しかし、公共交通機関に限らず、(例えば、渋谷のスクランブル交差点など)多くの人が集まる場所であれば行われやすい行為だと考えられています。

痴漢行為は、各都道府県の迷惑防止条例違反(たとえば、東京都迷惑防止条例5条1項1号)や、刑法176条の強制わいせつ罪に該当し得る行為です。

東京都迷惑防止条例
第五条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。

刑法
(強制わいせつ)
第百七十六条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

痴漢行為が迷惑防止条例違反となる場合と強制わいせつ罪になる場合の違いは何でしょうか?

捜査実務において、服の上から触わって逮捕された場合は、各都道府県の迷惑防止条例違反での捜査が行われることが多いです。

他方で、服の中にまで手を入れて、直接体を触って逮捕された場合は、強制わいせつ罪で捜査が行われることが多いです。

しかし、下級審裁判例では、服の上からであっても強制わいせつの実刑になることもあるなど、昨今では事案によって幅が出てきているところです。

迷惑防止条例違反の場合は、6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金です。

強制わいせつ罪の場合は、6ヶ月以上10年以下の懲役となります。

強制わいせつ罪は、罰金刑が無いので、起訴されれば裁判をすることとなります。

もっとも、前科・前歴がなかったり、起訴後に示談が成立したりした場合は、執行猶予判決となる可能性があります。
一方、示談の有無や被害者の処罰感情のほか、行為態様の悪質性・前科の有無などを総合考慮して判断され、実刑になる可能性もあります。

痴漢の法定刑 迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪の違い

 

痴漢の現行犯逮捕と後日逮捕・通常逮捕

逮捕された人(捕まった人)など犯罪を犯したと疑われ、捜査対象となっている人のことを法律上「被疑者」と呼びます。
メディアでよく聞く「容疑者」は法律用語ではありません。

痴漢をした・したと疑われて逮捕された方は、まず被疑者として扱われます。

後日逮捕・通常逮捕

通常、逮捕は、被害を受けたあとに被害者が被害届や告訴をすることなどで捜査がはじまり、警察が裁判所から逮捕状の発付を受けて逮捕される「通常逮捕」でなされるのが原則となっています。

刑事訴訟法

第百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
② 裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。
③ 検察官又は司法警察員は、第一項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。

通常逮捕の場合、後日逮捕されますが、いつ来るかが分からないのが特徴で、数か月・数年後に逮捕されることもあります。

痴漢事件においても、その場で現行犯逮捕されずに、後日逮捕されることもあります。

警察が捜査をして、防犯カメラ映像などの証拠から犯人を特定し、裁判所から逮捕状を取得し、後日逮捕されるということがあります。

現行犯逮捕

前述のように、痴漢事件でも、後日、通常逮捕がなされることもあります。

しかし、痴漢事件の犯人は「現行犯逮捕」で逮捕されることが多いです。

現行犯逮捕は、捜査機関以外の一般人でもすることができ(私人逮捕(刑事訴訟法213条))、逮捕状も不要となっています。これは、犯罪と犯人が逮捕者にとって明白といえ、誤認逮捕のおそれが少ないことから例外的に認められている制度です。

現行犯逮捕の要件は、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った」(刑事訴訟法212条1項)ことです。

痴漢を行なっている最中か、直後である必要があります。

直後と言えるかどうかは時間的・場所的な接着性から判断されます。

 

刑事訴訟法

第二百十二条 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。
② 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
一 犯人として追呼されているとき。
二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
四 誰何されて逃走しようとするとき。

第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる

電車で被害者や目撃者により「この人チカンです!」などと言われ、腕をつかまれて現行犯逮捕されると、多くはそのまま駅員室に連れていかれます。駅員は、呼んでおいた警察に、被疑者の身柄を引き渡します。そうすると、被疑者はパトカーに乗って警察署に向かうことになります。

たとえ逮捕される前であっても、あなたはいつでも弁護士を呼ぶことが出来ます。

その後の手続で、あなたがどのような振舞い・主張をするべきかの相談のために、なるべく早く弁護士を呼ぶことをおすすめします。

逮捕されたその後の流れと手続きについて

刑事手続きは、逮捕や勾留といった身体拘束の手続き、取調べなどの捜査の手続きを経て、最終的に検察官が起訴するかどうかを判断します。

その後の手続きの流れについて、まずは以下の図をご覧ください。

刑事手続きの流れ 逮捕されたその後の手続きについて

①の逮捕については、すでに解説しましたので、②の取調べ以降の流れについて、以下で解説をします。

痴漢の取調べ

警察署に行くと、「取調べ」などの捜査が始まります。

警察は、被疑者の取調べの他、や参考人(被害者・目撃者など)などからの聞き取りや、証拠品の捜査・差押えなどを行います。

被疑者に対する取調べでは、長い待ち時間のあと、取調室に呼び出されて、痴漢事件に関するあらゆることを聞かれます。

最後には、警察官の作成した調書に署名押印(サイン)を求められます

詳細は後述しますが、署名押印は拒否する権利があり、不利な調書については、弁護士と相談する前に署名押印しないようにしてください

もちろん、このとき被疑者は自分に不利益なことを話す必要はありませんし、黙秘をする権利(黙秘権)もあります。

もし自分の話していないことが調書に書かれていたり、話したことが書かれていなかったりするなど、調書に不満なところがあれば署名押印をする必要はありません。

あなたにとって不利益なものを生み出さないためにも、弁護士に相談するために「取調べ自体には応じますが、弁護士が来るまで調書にサインしません」と警察に伝えることは、適切なひとつの対処法です。

警察は、被疑者を身柄拘束したときから48時間以内に検察へ被疑者の身柄を送るかの判断をしなければならないルールです。

そのために、その間被疑者はいつでも取調べに応じられるよう、警察署内の留置場で過ごすことになります。自宅に帰ることはできません。

逮捕から72時間の間に、被疑者が会えるのは弁護士だけです。
弁護士は、あなたの利益を一番に考え、必要に応じていち早く家族や会社に連絡をするように動きます。

警察が検察官送致をしなければ、被疑者は釈放(ただちに身柄拘束から解放)されることになります。逮捕されてから約3日で自宅に帰れるようになります。最短のパターンです。

痴漢と被疑者勾留

警察から検察に身柄を送ると、検察官は、被疑者を受け取ったときから24時間または被疑者が身柄拘束されたときから72時間以内に、勾留請求をするか・釈放するかを決めます

厳密な要件をしっかり検討した上で、裁判所が勾留を認めると、被疑者は引き続き10日間(勾留延長も含めると20日間)もの間、留置場で生活することになります。

きちんと判断して勾留決定をするために、被疑者は裁判所に呼ばれて「勾留質問」を受けます。

勾留請求が認められなかった場合は、釈放されます。自宅に帰れるわけです。
もっとも、被疑者が自宅や会社で生活していても、その間も警察や検察は捜査を続きますので、無罪となったわけではありません。

勾留が決まると、検察は勾留延長も含めて20日間で「被疑者を起訴するか」を判断します。起訴すると裁判が開かれます。

時に、略式起訴というものもありますが、痴漢の態様によるので、詳しくは弁護士に相談してみてください。

また、検察官は、被疑者・被告人を釈放したあとでも、同じ事件について起訴することができます。

この公訴する権限が消滅するのは、犯罪行為が終わったときから、迷惑防止条例違反は3年、強制わいせつ罪が7年経ったときです。この期間を「公訴時効」と呼びます。

すなわち、公訴時効が過ぎれば、この痴漢の件について訴えられることはなくなります。

痴漢と起訴・不起訴

検察官により被疑者が起訴されると、被疑者だった者は「被告人」と呼び名が変わります。

起訴されてからの身柄拘束(被告人勾留)は、裁判所の職権により認められています。

被告人勾留は、公訴提起の日から2か月間で、その後の更新も1か月ごとになされる場合もあります。ただし、更新に回数制限があります。

また、長期間、勾留されていても、保釈保証金を裁判所に納付することで一時的に身柄を解放してもらう「保釈」ができることがあります。

保釈保証金は法律上の決まりがなく、事件の内容や被告人の資力状況などを総合的にみて決められます。とはいえ、100万円を下回ることはほとんどないため、少なくとも100~200万円は準備をしておく必要があるでしょう。

保釈保証金については、ご家族などの協力があれば、日本保釈支援協会から立替えを受けることも可能です。

痴漢冤罪事件の対処法

痴漢は被害者のいる行為です。

現在は刑法や条例上、極めて軽い罪刑しか定められていませんが、被害者は生涯にわたる傷を負います。

だからこそ、第一は痴漢をしない。
やめられないなら痴漢を扱う依存症対策の病院へ行くようにしましょう。

とはいえ、これまでに見たように、現行犯逮捕の構造から冤罪の発生はゼロには出来ません

また、美人局的に、初めから示談金を恐喝する目的で近づいてくる悪い輩もおります。

そこで、ここでは罪のない人が不利益を負うことのないように、不利益を最小限にする方法をご紹介いたします。

「この人チカンです」と言われたら。現場での痴漢冤罪対処法

自分は痴漢をしていないのに。「この人チカンです」と言われてしまったら、どのように対応したら良いでしょうか?

痴漢冤罪事件の現場での対処法として、以下の3つの対処法を解説していきます。

  1. 強引に逃げない
  2. 証拠を確保する
  3. 弁護士に連絡する

① 強引に逃げない

やってもいない罪を突然かぶせられたら、パニックになって逃げてしまうこともあるかもしれません。

また、現行犯逮捕を避けることが重要だという理由から、痴漢冤罪に巻き込まれたら逃げた方がいいというアドバイスを聞くこともあります。

後述するように、穏便にその場を立ち去ることができれば、それが良い対処法です。

しかし、強引に逃亡することはやめましょう。理由は3つ。

1つ目は、逃げ切れるとは限らないからです。あなたを追うのは被害女性だけではありません。電車の場合は、駅員だけでなく、駅のホームにいる人や乗客など、一般の人もあなたが逃げようとするのを妨げるでしょう。警察がまだ現場に到着していなくても、逃げることはハイリスクです。ましてや警察がいれば逃げることは困難ですし、逃げようとして取り押さえられると、「痴漢をしたから逃げたに違いない。」と嫌疑が強まってしまい、やはり逮捕されてしまいます。

2つ目は、仮に現行犯逮捕がされなかったとしても、被害者が被害届を出せば警察はあらゆる手段を使って捜査をします。駅の防犯カメラの映像や交通系ICカードの履歴によって、あなたの身元を特定することも警察には可能です。そして、後日逮捕をされた際には、その後の公判手続において、逃亡した事実が不利益な事実として考慮されてしまうこともありえます。

3つ目は、痴漢で逃亡する際に、人に怪我を負わせてしまうと強制わいせつ致傷罪となってしまうリスクがあるです。強制わいせつ致傷罪は、無期または3年以上の懲役という極めて重い犯罪です。その他にも、逃げるときに通行人をケガさせてしまった、線路に逃げたことで電車を止めてしまったなど、刑事民事問わず不要な責任を負う可能性があります。時には、電車や車に轢かれそうになってしまうなど、逃げているあなたの生命・身体が危険な状態になることもありえます。

(強制わいせつ等致死傷)
第百八十一条 第百七十六条、第百七十八条第一項若しくは第百七十九条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。

痴漢が冤罪の場合、穏便に立ち去ることは何ら違法ではなく、現行犯逮捕を避ける有効な手段です。なので、無理に逃げずに穏便に立ち去りましょう

② 証拠を保全する

残念ながら、安易に駅員や警察に行くことはおすすめできません。あなたの「ちゃんとしていれば分かってもらえる!」「協力していれば早く帰れる!」などの想いは、現実とは異なる場合が多いでしょう。

しかし、穏便に立ち去ることができなければ、その後に警察のお世話になることは明らかです。

その時に備えて、あなたが痴漢をしていないことを証明するための「証拠」を見つけておきましょう

・目撃者を探す
痴漢の無罪を証明してくれるような目撃者を探す。目撃者は偶然同じ電車に乗り合わせただけの場合もあり、後日探し出すのは困難です。できるかぎり当日・その時に目撃者を探しましょう。

・微物検査を求める
手を洗うことなく、周囲の人に「これからなにも触らない」と宣言した上で、警察官が来たら微物検査を要求しましょう。手から衣類の繊維等が検出されなければ、痴漢を行っていない有力な客観的証拠になります。

③ 弁護士に連絡をする

痴漢で逮捕された場合は、できれば当日中、できる限り早い段階で、弁護士があなたと接見(警察署等にいる被疑者と面会)し、身柄の解放に向けた活動をすることが重要です。

これまでに見てきたとおり、逮捕・勾留されると起訴・不起訴の判断が出るまで、最長で23日間も身柄拘束されてしまいます。最短でも、警察が身柄付で検察官送致をしない場合で、2日間はかかります。

被疑者には勾留決定が出るまで(逮捕されてから最長72時間)、弁護士以外の接見は認められていません。家族でもダメです。

その間に、被疑者が何もしていなくても、捜査はどんどん進んでいきます。捜査の初期段階で警察に言われるがままに調書にサインをしてしまったことが、後々まで不利な証拠になってしまうこともあります。そのため、捜査の初期段階で弁護士から適切なアドバイスを受けて捜査対応をしていくことが非常に重要です

また、早く家に帰るため・会社に戻るためには、あなたの最初の態度が重要になります。

あなたがやっていないことを主張したり、刑事手続の中で適切に振る舞うためのアドバイスをもらったりするために、弁護士をなるべく早く呼びましょう。

また、弁護士は被害者との関係で、民事事件の対応もすることができます。
それだけでなく、家族や会社に適切に連絡をすることもできるので、なるべく早く弁護士をつけることをおすすめします。

弁護士を呼ぶためには「当番弁護制度」や「被疑者国選弁護制度」を利用して、当番の弁護士に依頼することもできます。ただ、当番弁護士には様々な人が登録しており、必ずしも全員が痴漢事件・刑事事件の弁護の経験が豊富なわけではありません。

そのため、弁護を依頼したい事務所があれば、あらかじめ携帯や手帳などに記録しておいてください。

弁護士費用の支払いや弁護士との打ち合わせの際に、家族や友人などのご協力も必要です。多くの事件では、ご家族やご友人から弁護士に連絡があり、依頼を受けた弁護士が初回接見に行き、逮捕された方のお話を伺い、アドバイスをし、その後の弁護活動についての契約に進んでいきます。

取調べ等の捜査段階での痴漢冤罪対処法

前述したように、痴漢冤罪事件において、取調べの際に作られる供述調書は重要な証拠になります。やってもいないのに痴漢を認めた調書が作られ、署名・押印をしてしまうと、不利な証拠となってしまいます。

ここでは、取調べ等の捜査段階での痴漢冤罪対処法について、被疑者に認められた「黙秘権」「増減変更申立権」「署名押印拒否権」という重要な3つの権利とともに解説をしていきます。

① 黙秘権

被疑者には「黙秘権」が保障されています(憲法38条・刑訴法198条2項)。

取調べにおいて最も重要な被疑者の権利で、自己に不利益な供述を強制されないという自己負罪拒否特権を根拠としています。

あなたは自分にとって不利な供述を言わなくていいですし、ずっと黙っていてもマイナスに扱われることはありません。

憲法 第三十八条
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

刑事訴訟法 第百九十八条
② 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

「自分に不利なことだけを話さないようにしよう」という姿勢で刑事事件の取り調べに臨むのは想像以上に難しく、危険なことです。

長期の身体拘束の間に、精神的にも肉体的にも疲労でボロボロになっていきます。

自分に有利か不利か考え、内容を取捨選択しながら話すよりも、一切全てを黙秘する方がずっと楽です。

「完黙(カンモク)」などと呼ばれる完全な黙秘をすることも可能です。

そのため、個人情報のみを伝えて事件についてのことは弁護士が来るまで全面的に黙秘しておくことが無難といえるでしょう。

② 増減変更申立権(長所の修正を求める権利)

逮捕されると、あなたの発言を聞き取りながら、警察官がまとめた「供述調書」が作成されます。

調書は、あなたの発言をそのまま書き起こすものではなく、まとめ直されて記されることが通例なので、「ニュアンスが違う」「あいまいな表現にされている」「こんなことは言っていない。間違っている。」「違う意味で受け取られていないか?」などと納得のいかない部分があれば、小さなことでも加筆修正をしてもらいましょう

刑訴法198条4項で、あなたの権利として保障されています。

第百九十八条
④ 前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。

調書を自分で書くことはできないので、供述調書をよく読んだり、警察官に読み聞かせてもらったりして、よく内容を確認しましょう。

注意点としては、署名押印をする前にちゃんと調書の中身を修正しておくことです。手続が進む中で、違うことを言ったり、違う内容の調書を作ったりすると、あなたの不利になることもあるからです。

③ 署名押印拒否権

調書を修正してもらっても納得がいかないのであれば、いっそのこと署名押印を拒否してください。

自身の判断で調書に署名押印をしてもよいのか不安な場合にも、署名押印を拒否してください。

作成された調書は、署名押印(サイン)をしない権利があります(刑訴法198条5項)。

第百九十八条
⑤ 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。

裁判の証拠になると、あなたの供述調書自体が審理の対象となり、あなたが調書とズレたことを言うと、供述が変遷したとして詳しく審理されることになります。

法律について勉強をしていない一般の方は、何を証拠として出すのが適切か・あなたのためになるのかを精査することはできません。

そのため、安易に警察官の作成した調書に署名押印をしてしまうと、取調べで要らぬことを言ってしまっていたり、プレッシャーで実は身に覚えのないことや記憶が曖昧なことについて認めるようなことを言ってしまったりしていても、それを検察官や裁判官にどんな印象も抱かせないように取り消すことはできません。

後で「この供述はなかったことにしてください!」と言うことはできません。
削除したとしても「なぜ消したんですか?やましいからでは?」と追及されてしまうことは想像に難くないですよね。

そのため、この内容でサインしていいのか、どの内容を警察や検察に話していいのか・だめなのかなどのアドバイスを得るためにも、弁護士に相談してから署名押印をしましょう

「弁護士と話すまでは署名することはできない」と警察にはっきりと述べてください

調書に署名押印をしても、すぐに家に帰れるようになるわけではないので、焦らず弁護士の到着を待ちましょう。

 

痴漢事件と不起訴処分

起訴をされると、裁判が開かれることになり、有罪・無罪などが確定することになります。

あなたの望まない結果を避け、よりよい方向へ向かわせるために、弁護活動としてまずは、不起訴処分を目指して行うことになります。

不起訴処分とは、起訴しないという検察官による処分のことです。

不起訴になると、

・裁判をしないで済みます
(裁判でかかる、裁判費用や弁護士費用もかかりません)

・前科はつきません
(刑事裁判をしないので、刑罰が言い渡され裁判が確定することがありません)

・釈放されます
(家に帰ることができます)

では、どのくらいの人数の人が「不起訴」になるのでしょうか?

刑事事件全体の不起訴率

法務省『検察統計統計表2020』を参考に、刑事事件全体について、受理された事件のうち、不起訴率を見てみましょう。

刑事事件の不起訴率

以上のように、刑事事件全体では、55%が不起訴処分となっております。

痴漢(強制わいせつ罪)の不起訴率

次に、痴漢事件の不起訴率について、見てみましょう。

検察庁のデータでは、迷惑防止条例違反については公表されておりませんでしたので、強制わいせつ罪の不起訴率をみてみます。

痴漢(強制わいせつ罪)の不起訴率

強制わいせつ事件も、57%が不起訴となっています。

刑事事件全体と比べると、多少不起訴になりやすいのかもしれません。

ただし、「強制わいせつ罪」の中には痴漢以外の性暴力事件も含まれていますので、「痴漢についてのデータ」として認識するのは正確ではありません。

痴漢の事件だったとしても、逮捕等された回数や痴漢行為の程度によっては、起訴されたり、相場よりも重く処罰されたりすることも十分あります。

また、迷惑防止条例違反の痴漢事件については、刑法犯と比べて、条例違反の場合には処分が軽くなるのが通例とされています。

不起訴処分の種類と処分までの流れ

不起訴処分の種類(不起訴処分の理由)は、主に以下の3つです。

①嫌疑なし(犯行をしていないだろうとされる場合)

②嫌疑不十分(犯行をした疑いが合理的な疑いを超える程度まで立証できない場合)

③起訴猶予(犯行をしたことは認められるが、被疑者の性格・年齢及び境遇・犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないと判断された場合)

特に③起訴猶予は重要です。

仮に実際に痴漢をしていたとしても、示談の成立などの様々な事情を加味して、検察が不起訴とする判断のことをいいます。

刑事事件全体では、不起訴となった人のうち、起訴猶予は87%にものぼります。

不起訴処分までの流れは、以下の図のようになります。

起訴・不起訴決定の流れ

不起訴処分に関連する要素・関連しない要素

起訴猶予となるには、

〇被疑者の性格・年齢及び境遇

〇犯罪の軽重及び情状(初犯か、どの程度の犯行だったか等)

◎ 犯罪後の情況(示談が成立しているか、犯行後に反省しているか等)

が考慮要素として評価されます。

この中でも、痴漢事件などの性犯罪事件では、被害者の感情が重視されますので、示談の成立の有無が一番重要な要素となります。

他方で、以下のような事情は不起訴処分との関連性は薄いでしょう。

①痴漢をした「場所」

裁判例をみると、圧倒的に電車内が多いのですが、それ以外も起訴されています。
・道路(名古屋高裁金沢支部判H3.3.26・無罪)強制わいせつ
・新幹線(大阪地判H18.11.30・無罪)条例違反
・スーパーマーケット(福岡高判H23.5.25・罰金30万円)条例違反
・ショッピングセンター(大阪地判H23.7.20・罰金50万円)条例違反
・深夜の歩道(神戸地判H23.11.15・無罪)条例違反
・タクシー乗り場(横浜地判H24.8.31・無罪)条例違反
・路上で自転車(京都地判H26.3.18・無罪)条例違反
・バス(東京高判H26.7.15・無罪)条例違反
・エスカレーター(大阪高判H28.11.2・無罪)条例違反
・学校の教室(熊本地判R3.5.20・懲役3年)強制わいせつ
・駐車場(那覇地判R3.6.14・懲役2年6月)強制わいせつ

②痴漢をした時の「年齢」

20歳未満の者による痴漢の場合は、主に家庭裁判所に係属するので、処分の意味合いが変わります。少年法の適用を受けて、更生可能性を重視した判断がなされます。

事案によっては検察官送致されることもありますが、のちに起訴されるものはそう多くありません。

一方、成人した者による痴漢の場合は、幅広い年齢の方が起訴されています。

下記の裁判例にもあるとおり、20代~60代以上の方まで起訴されています。

年齢よりも、痴漢の内容や程度の方が重視されるのです。

③痴漢をしたとされた人の「性的嗜好」

起訴不起訴決定においては、全く関係がありません。

家宅捜索などで、たとえば痴漢モノや凌辱モノのAVや雑誌などが発見・差押えされたとしても、そのもの自体を今回の痴漢行為の立証に用いるのは的外れだと考えられています。

また、起訴されたときに、公判で検察官が指摘することもありますが、裁判所は「被告人の性的嗜好は、被告人が痴漢の犯人であることと矛盾しないという程度のものにすぎず、積極的に被告人が痴漢の犯人であることを示す事情であるとは認められない。(さいたま地裁平成22年判決)」と判示しています。

当法律事務所の弁護士が弁護を担当し、痴漢の否認事件において、早期釈放、不起訴処分を獲得した解決事例については、以下の記事をご参照ください。

痴漢で逮捕!冤罪・自白ごとのその後の流れや対処法、示談金相場、不起訴率、判例など、弁護士が徹底解説

痴漢と示談・示談金相場・慰謝料

痴漢事件において、不起訴処分を獲得するためには、被害者との間で示談をすることが重要です。

示談とは、裁判外での話し合いにより紛争を解決することをいい、逮捕された場合などの刑事事件においては、被害者と話合いを金銭を支払い許してもらう手続きのことをいいます。

通常、加害者である被疑者の弁護人が、被害者に謝罪をして、示談金を支払い、被害者から許してもらい、その旨を示談書にして、警察や検察に提出することになります。

ここでは、痴漢事件における示談金がどの程度必要になることが多いのか、示談金相場について解説をしていきます。

まず、その前提として、民事上の慰謝料、損害賠償請求について見ていきましょう。

痴漢の慰謝料・損害賠償請求

刑事手続は、検察官が被告人を起訴して、被告人の罪の有無や量刑を判断する手段であって、私人間のやりとりは原則として行われません。

そこで、被害者と加害者という立場で、個人間の紛争を解決するための手段が、民事手続です。

刑事事件になるものについても、被害者が民事裁判を起こす場合は少なくありません。裁判にならない場合においても、示談交渉の際には、民事上の慰謝料額や損害賠償請求額が示談金についてのひとつの目安になります。

痴漢の問題についての慰謝料・損害賠償請求の法的根拠は、不法行為(民法710条)に基づく損害賠償請求です。

民法

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

不法行為に基づく損害賠償請求(民法710条、709条)(=慰謝料請求)の要件は、主に以下の4つです。

1.加害者が、故意または過失によって権利侵害行為をしたこと
2.被害者に損害が発生したこと
3.権利侵害行為と損害との間に因果関係があること
4.権利侵害行為の違法性

示談交渉においても、痴漢行為という違法な権利侵害行為と因果関係がある損害が請求されます。

主には、精神的苦痛に対する損害である慰謝料が因果関係のある損害となります。

また、示談が成立しなかった場合、被疑者が容疑を否認している事件においては、被害者は民事での損害賠償請求の手続を進めることがあります。

訴状や、被害者の代理人(民事では弁護人や弁護士とは呼びません)による内容証明郵便が届いたときには、弁護士と共に対応をしてください。

損害賠償請求の消滅時効は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときか、不法行為の時から20年間行使しないとき(民法724条2項、同条3項)と定められています。

この期間が過ぎると、被害者は損害賠償請求を裁判所に訴えることが出来なくなります。つまり、加害者とされているあなたが、多額の損害賠償などを払わなくてよいこととなります。

とはいっても、3年間または20年間をいつ請求されるか分からないまま過ごさなければならない負担は小さくないでしょう。

痴漢事件の示談金相場

一般的に、迷惑防止条例違反の場合の示談金・慰謝料の相場は、10万~50万円程度といわれています。

また、刑法の強制わいせつ罪の場合は極めて相場の幅が広く、数10万~300万円程度といわれています。

示談金・慰謝料の金額は、行為態様の悪質性や被害者の精神的苦痛の大小、加害者側の経済的事情などにより差が出ます

例えば、「加害者が、何で、どの程度の時間・期間、どの程度の場所まで触って、その後どのように対応したか。」などが影響します。

また、示談交渉というのは、あくまでもお互いの話し合いによって解決をするものですので、被害者と加害者の考え方に大きく影響されます。

被害者側の処罰感情が強く、お金をもらうよりも加害者を罰してほしいという考えが強い場合には、被害者はなかなか示談に応じず、示談金が吊り上がることがあるでしょう。他方で、被害者としても警察の取り調べ等を受けたくない、早くこの事件を終わらせたいと考えているような場合には、比較的低額な示談金で解決できることもあります。

加害者側の事情についても、加害者が社会的地位の高い人で、経済的に余裕がある場合などでは、早期に高額な示談金を提示してでも早く示談を成立させたいと考えるでしょう。他方で、加害者側にお金がないような事件の場合には、加害者は示談金を払いたくても払えないというような事情があり、低額な示談金しか提示できないようば場合もあるでしょう。

痴漢冤罪事件の無罪判例

痴漢冤罪について、社会問題化されております。

ここでは、痴漢冤罪事件で起訴されたうえで、実際に無罪になった裁判例を見てみましょう。

裁判例のデータベースに載っている事例における無罪の理由は、

①「犯人性」に欠ける(被告人が犯人であるとの証明がしきれない)と判断される場合
と、それを突破しても

②「故意」が欠ける(わざとでない、うっかり触れてしまった)と判断される場合

に二分されます。

弁護活動でもこの点の主張がポイントになります。

接見のときの弁護士や、検察官・裁判官に聞かれたときには、自分の記憶に従って具体的に・詳しく説明しましょう。

それでは、これまでの裁判例を見てみましょう。

事例A(最三判H21.4.14)強制わいせつ被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:60歳男性。前科前歴なし。被害者の下着の中に左手を差入れ、その陰部を手指でもてあそんだ。
〇被害者の態様:17歳女性。被告人のネクタイを掴んで声をあげた。痴漢行為は目で確認はしていない。
〇その他の事情:被害者の供述が唯一の証拠。客観的証拠は存在しなかった。
〇  結 果  :無罪(補足意見・反対意見付)
∵「満員電車内の痴漢の事案においては、被害事実や犯人の特定について物的証拠等の客観的証拠が得られにくく、被害者の供述が唯一の証拠である場合も多い上、被害者の思い込みその他により被害申告がされて犯人と特定された場合、その者が有効な防御を行うことが容易ではないという特質が認められることから、これらの点を考慮した上で、特に慎重な判断をする必要がある」ことを前提に検討した結果、被害者の供述の信用性には疑いの余地がある

事例B(さいたま地判H22.6.24)条例違反被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:スカートの中の下着の上から肛門と陰部の辺りを触った。
〇被害者の態様:17歳女性。
〇その他の事情:目撃証人もいる。しかし、「臀部を触っている痴漢の手をつかんだ」のではなく、痴漢行為の後駅に着いたときに手首をつかんだ。微物検査では繊維が検出されず、ヒト成分のDNA型は被告人のものとは一致しなかった。
〇  結 果  :無罪
∵痴漢行為も、痴漢の犯人であるとして被害者に手をつかまれたのが被告人であることも認められる。しかし、被害者が痴漢の犯人ではない人物の手をつかんだという可能性を否定することはできない

事例C(東京高判H24.4.26)条例違反被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:下着の上から右手指で触った。
〇被害者の態様:16歳女性。
〇その他の事情:被害者は「犯人と被告人が同一人物か分からない」と述べている。痴漢行為の一部を現認し、その後犯人を追跡して逮捕した警察官による公判証言が証拠となっている。また、警察官は追跡中に、犯人を他者と混同することなく写真を撮影した。写真についての鑑定書が提出されている。
〇  結 果  :無罪 ∵被告人と犯人の同一性に欠ける。

事例D(東京地判H24.9.20)条例違反被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:スカートをまくり上げて左太ももを手で触り、下着の上から陰部付近を手指で触り、さらに、下着を引き上げて臀部を手で触るなどした。
駅員室に連れて行かれたあと、逃走を図った。前科前歴なし。この種事犯の性癖や傾向も証拠上は窺われない。
〇被害者の態様:高校に通学途中の女性。臀部を触っている犯人の手の甲を押さえ、袖をつかんだ上で振り返った。振り向いて痴漢の現認はしていない。
〇その他の事情: 微物検査で数種類の繊維が検出されたが立証不十分。
〇  結 果  :無罪
∵被害者の供述には相応の信用性が認められるが、検討のとおりの難点もある上、この難点を補うべき客観証拠が不足しており、「満員電車内における痴漢の事案の特質から慎重さを要する」ことも考慮すると、犯行を否認する被告人の供述を排斥して、被告人の犯人性を確信させるには、足りないと判断。
また、被告人が逃走を図ったことは、被告人が犯行に及んだことを一定程度推認させる間接事実といえるが、決定的なものとまではいえない

もっとも、この無罪判決の結果は、平成20年(2010年)頃の、裁判例が多いです。

これからの時代は、性暴力抑止活動や社会の声を追い風として、科学やデータを参考に、裁判官による判断がさらに厳密になされることも増えてくると予想されます。

最近の裁判例では、以下でみるように「逆転有罪」なども起こるようになってきています。

痴漢有罪判例と量刑相場

これまでに見てきたように、痴漢は迷惑防止条例違反と刑法の強制わいせつ罪に該当する場合があります。そして、量刑は財産刑(罰金)と自由刑(懲役)の2種類があります。

これまでの裁判例では、ほとんどが迷惑防止条例違反の罰金により処分がされていました。

罰金刑の上限金額は条例によって異なりますが、実際の金額は、初犯であれば10~20万円程度になることがほとんどです。しかし、前科のある場合には、20~50万円程度になることもあります。

懲役刑については、第一東京弁護士会『量刑調査報告集Ⅴ』(平成30年3月発行)によると、迷惑防止条例違反の場合3か月~10か月程度、長くて1~2年だと示されています。

初犯の場合には執行猶予がつくことも多く、多数の前科前歴のある人には執行猶予がつかなくなる場合もあります。また、前科がある人の方が懲役の期間は長くなる傾向にあります。

しかし、画一的に決められるものではなく、示談金が支払われているか、前刑終了後からどのくらいで再犯に及んだのか、様々な事情を考慮して、幅広い量刑が出ていますので、あなたにどのような判断が下されそうかは、私たち・グラディアトル法律事務所にご相談ください。

また、痴漢を否定している否認事件の裁判例を見る際ポイントとなるのは、有罪となった理由です。

平成25年(2015年)頃からは、微物検査によって被害者の衣服の繊維が、被告人の手などから検出されなかったとしても、このように犯人性を認めた例も出てきていますので、以下のコラムを参考に自分に近いものを探してみてください。

事例E(東京地判H26.4.30)条例違反被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:着衣の上から右太ももを左掌でなで、引き寄せ、左手の小指を陰部に押し当てた。
〇被害者の態様:16歳女性。
〇その他の事情:なし。
〇  結 果  :罰金50万円
∵被害者の証言は十分に信用できる。電車内において痴漢にあった被害者が、特段の回避行動をとらなかったことは、この種被害を受けた女性の行動として、特に不自然とはいえない。そして、「衣服等に手指が触れた際に、構成繊維が被告人の手指に付着するか否かは、構成繊維の性質や手指の状況等にもよる」ことは明らか。しかも、本件では、「被告人の手指の付着物を採取するまでの間に、警察官が被告人の腕組みについて注意をしないなど、他の物に触れないように配慮されていなかったことが認められる。このような状況等からすれば、」繊維が付着していなかったという鑑定結果は、被害者の証言する被害内容と相容れないものではなく、被害者の証言の信用性に影響を与えない。よって、被害者に上記のような態様で触れたことは認められる。
また、故意については、本件の痴漢行為は、無意識でできるものではなく、意図的になされたことが明らかである。被告人の供述は不合理であって、信用することができず、被告人は意図的に被害者の右大腿部に触れたと認められる。

事例F(大阪高判H26.10.3)条例違反被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:被害者の臀部に自己の股間を押し付けた。
〇被害者の態様:25歳女性。
〇その他の事情:至近距離から犯行を現認した警察官がいる。
〇  結 果  :罰金50万円
∵「被害者は、背後に立つ人の下半身が当たっていることを明確に意識した後、振り返ったり意識を集中させたりして具体的なものの確認をしようとしているから、この接触が痴漢行為か否かを慎重に判断しようとする姿勢が窺える。そして、被害者は、少なくとも約1分間にわたる接触の中で、臀部に当たる位置だけでなく、その形状や感触、人肌を感じたことなどを総合して、男性器が当たっていると判断したのであるから、その供述が被害者の誤認や誤解によるものである可能性はほとんどない。」そして、被害者の臀部までの地上高と、被告人の股間部までの地上高がいずれも一致し、被害者が左肩に掛けたバッグはその左側の腰上部付近にあったこと等に照らせば、被害者の背後に立った被告人が、自己の股間を被害者の臀部左側に押し付けることが可能であったことが明らか。したがって、臀部に当たっていたのが男性器だと思ったという被害者の供述は、十分信用できる。
警察官の供述も信用できる。
被告人の供述は、捜査段階からの一貫性などを考慮しても、なお信用性に疑問が残る。量刑について、本件行為の態様は悪質であり、不合理な弁解で責任逃れを図る被告人の反省も不十分であるが、前科はなく、常習性も認められないことから、50万円の罰金刑を科す。

事例G(名古屋地判H22.1.18)条例違反被告事件

〇  場 所  :満員の電車内
〇加害者の態様:背後から、被害者の両足の間に右足を差し入れて動かし、被害者の両太もも付近にすり付けた。被害者が体の向きを変えても追従。前科前歴なし。公務員として勤続し、事件の約8ヶ月前には自宅を新築するなど安定して真っ当な社会生活を送ってきた人となり。
〇被害者の態様:28歳女性。被害にあった約15分間の途中で、体の向きを右斜め方向に変えた。
〇その他の事情:目撃者(被害者の婚約者)が電車に同乗しており、被告人を逮捕した。3週間ほど前からほぼ毎日、本件女性の背後から痴漢をしていたと疑われている男性と被告人が同一人物である可能性は否定しえないものの、同一人物であると断定するに足りる客観的な証拠はない。
〇  結 果  :罰金50万円
∵被害者の供述は、具体的かつ詳細になされ、目撃者と相互に矛盾なく整合し、不自然・不合理な点はなく、あえて虚偽供述をする動機に乏しく、形跡もないことから、十分信用できる。
逆に、被告人の供述について、「被告人は、本件当時、痴漢の冤罪事件があることを知っており、痴漢に間違えられることを殊更回避しようとしていた被告人の右足が、混雑した列車内で、本件女性の背後から同女の両足の間に入り込んだ状態が約15分間にわたり継続していたという事実は、著しく不自然・不合理である。自分の右足と本件女性の両足とが数回接触したのは偶然であってわざとした行為ではない旨の被告人供述は、到底信用できない。」
量刑の理由としては、本件犯行は卑劣かつ執拗で悪質な犯行であり、被告人は虚偽の弁解をして犯行を否認しており、反省の態度は認められない。慰謝の措置を全く講じておらず、そのような被告人の対応もあって、被害者は厳しい処罰を望んでいる。被告人の刑事責任を軽くみることはできない。他方、前科がなく、社会人として長年勤務していたことなど、被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらの事情をも併せ考慮して、罰金50万円と判断。

事例H(最二決H30.3.27)条例違反被告事件

〇  場 所  :駅構内の下りエスカレーター付近通路上
〇加害者の態様:衣服の上から被害者の臀部を触った。アルコールを摂取していた。
〇被害者の態様:49歳女性。アルコールを摂取していた。
〇その他の事情:なし。
〇  結 果  :上告棄却→懲役4月・執行猶予2年
∵上告理由に当たらない。(以下控訴審の判決文より)
「被告人は、被害者に接触した記憶はなく、仮に接触したことがあったとしても意図したことはなかった旨の弁解を、捜査の当初から述べていたのであるから、他に記憶のある事柄や当時の行動の可能性として考えられるものがあるのであれば、当初から供述できたことが窺われる。そして、自らの両手の状況や動作等は、痴漢行為を疑われている被告人にとって重大な事柄であり、そのような点について捜査段階と原審公判段階で供述した内容に異なる点があったことを捉えて、変遷と評価したとしても不合理な誤りがあるとは言えない。被告人の原審公判供述を改めて検討しても、あいまいなものである上、両手がふさがっていたという言い分も、触れなかったことについての抽象的な可能性を述べるにとどまっているのであるから、被告人の原審公判供述は本件行為時の状況や動作等の点において信用するに足りるものとはいえない。」

このように昨今では、刑事事件全体で「被害者参加制度」の拡充の影響を受けて、痴漢などの性犯罪事件についても、被害実態を踏まえた厳格な審査がなされるようになってきています。

もちろん「疑わしきは被告人の利益に」の原則は重視されなければならないですし、民事と比べて刑事裁判では、検察に高度な立証責任が課されていますので、必ずしも冤罪が起きやすいと言い切れるものではありません。

あなたの不利にならないため、そして適切に主張立証できるように、なるべく早く私たち弁護士にご相談ください。

痴漢の刑事事件に関するQ &A

電車で軽くぶつかってしまいました。痴漢の罪に問われますか?

前述した通り、純粋にぶつかるだけでは迷惑防止条例違反や刑法犯として処罰されることはありません

しかし、通常そのような場合には、「ぶつかってしまったのを利用して、胸や臀部に触ったか」などの点が問題となります。

これまでにどのような行為で痴漢だと認められたかは、前述した痴漢の裁判例をご覧ください。個別の事案によって幅があります。

この人チカンですと手首をつかまれた。どうしたらいいですか?

電車の中で、いきなり手首をつかまれて、痴漢だと言われました。しかし全く身に覚えがありません。痴漢の冤罪なんです!どうすればいいですか?

身に覚えのないことを突然言われて困惑したでしょう、大変でしたね。
これまでに見た通り、残念ながら被害者の声が大きくなってしまっている昨今、あなたの無罪を認めてもらうためには最初の動きが大切になってきます。

可能であれば、現場から穏便に離れましょう。また、できる限り早く弁護士に連絡をしましょう。

取調べでは「弁護士が来るまで、署名押印をしません」と警察官にはっきりと伝えることがポイントです。

自分の置かれている状況を把握して、適切に取調べに応じましょう。

酔っ払っていて、よく覚えていないのですが、どうすればいいですか?

本当に覚えていないのであれば、そのように答えてください。

警察官や検察官は「本当にそうですか?」「直前のことと、直後のことについては覚えているのに、触ったかどうかだけは覚えていないんですか?」などと、具体的に細かく聞いてきますので、自分の記憶に正直に答えてください。

ただ、覚えていない・わからないと答えているだけでは、否認しているということで、逮捕勾留される・延びる可能性が高くなります。

目撃者や微物検査などで証拠が出てきたのであれば、それをきっかけとして思い出すこともあるかもしれません。思い出したらその旨話してください。

もっとも、「取調べをしている人が威圧的で早く帰りたいから、やってないのにやったといいました」は、必ずしも良い結果を生むものではないので、弁護士から具体的な事情に合わせた適切なアドバイスを受けるようにしてください

名刺を渡して立ち去ってもいいですか?

たしかに冤罪の場合、穏便に立ち去るのはひとつの手段です。

名刺を渡すことでその場を穏便に立ち去れる状況であれば、名刺を渡して穏便に立ち去っていいでしょう。

もっとも、名刺を渡すことですんなりと納得して解放してもらえないような場合もあるでしょう。

声をあげた女性も、仮に勘違いや人違いだったとしても、勇気を出して満員電車のなかで「この人痴漢です!」と声を上げています。なかなか潔く離してくれるとも考えづらいですね。

また、名刺を渡すなどしている間に、駅員も合流して、駅員は女性の想いを受けて、何とかしてあなたをとりあえず駅員室に連れていこうとします。

となると、最終的には、あなたと、女性や駅員との押し問答や、もみ合いになる可能性が高く、そのような状況で強引に立ち去ってしまえば、それ自体が「逃亡」とみなされ、逮捕のリスクが上がってしまいます。

取調べの際、何を話せばいいですか?してはいけないことはありますか?

前述したように、あなたには黙秘権などの重要なの権利があります。

そのため、「弁護士が来るまで、黙秘します、署名押印はしません!」と伝えて、一切黙秘するのがひとつの手段であるといえます。

してはいけないこととしては、真面目に捜査に協力していないと思われるようなことは避けた方がいいかと思います。例えば、逃走しようとする、警察官や検察官を侮辱する・暴力をふるうなどです。

参考までに、特に勾留されないようにするには、刑訴法60条1項の要件を充足しないようにするのは、ひとつの目安になるかもしれません。

第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一 被告人が定まった住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

つまり、
①あなたには定まった生活拠点があって、そこで生活し続けること
②釈放されても証拠を隠滅したりしないこと
③釈放されても逃げずに、呼び出されたらちゃんと対応すること

が伝わるように取調べで話すのは大切です。

自分で判断するのが難しいときは、弁護士の指示に従いましょう。

これまでに複数回、痴漢をしていた場合は、重く処罰されますか?

これまでに何回も痴漢行為を行っていても、初めて逮捕等されたときには、初犯(1回目)の扱いになります。また、示談ができれば、通常は不起訴となることが多いです。

もっとも、過去の痴漢行為についても捜査が行われていたような場合には、その件について再逮捕されるなどの可能性があります。

一方、すでに痴漢での前科があり、何度も警察に事件が判明しているような場合には、重く処分されます。3回目には、起訴されるのが相場です。

微物検査やDNA鑑定はどれだけ正確ですか?証拠になりますか?

痴漢の場合、微物検査(繊維鑑定)がなされるのが特徴です。指に残った繊維片と、被害者の衣服・下着の繊維片が一致するかを調べます。これにより完全に加害者を特定できるわけではありませんが、精度は極めて高いです。

検出された場合は、基本的には痴漢を行ったことを基礎づける有力な証拠となります。
一方、検出されなかったときに「触っていない」ことの証明となるのかというと、これは証明になりません。なぜなら、「なかったこと」の証明はできないからです。

また、現在のDNA鑑定はかなり正確です。
しかしこれも、人間が衣服や他人の身体に触れても、触れた者のDNAが残留しない可能性もある以上、DNAが検出されなくても、触っていないことの証明とはなりません。

ただし、あなたの指から被害者のDNAが検出された場合には、DNAがつくような態様で触ったという有力な証拠になるので、痴漢していないと言い張ることは相当困難といえるでしょう。

痴漢で逮捕されたことを、家族や会社にバレないようにするにはどうすれば?

まず、痴漢事件の場合、警察が直接会社に連絡することは、基本的にありません。ただ、逮捕・勾留されると、会社にバレる可能性が高くなります。

警察に行くと相当な時間身柄拘束されるため、応じて会社に行けなくなる日数も増えてくることになります。そのため、事実上バレてしまうことも少なくありません。体調不良など適切な理由をつけて、会社をしばらく休めるように弁護士や家族から連絡してもらうのが妥当だと思われます。

また、昨今では新聞報道やネットメディア・掲示板への記載で、個人情報等が拡散されてしまうこともあります。それを防ぐためにも、被害者や家族・会社への対応を弁護士に頼んで、早く進めてもらうことが重要です。

私の夫や息子が痴漢で捕まってしまったみたいです。家族に出来ることはありますか?

警察から電話が来て、そのことを知った場合には、まずは、弁護士に依頼しましょう。

前述したように、痴漢などの刑事事件では、早期に弁護士に依頼をして適切な対応をする必要があります。弁護士との契約や弁護士費用の支払いなども必要になってきます。

また、家族であっても面会に行くことは許されないため、できるだけ早く弁護士に接見を依頼し、本人の状況を確かめてもらうことが重要です。

弁護士から電話が来て、そのことを知った場合には、まずは弁護士から本人の状況を聞き、今後の進め方について相談しましょう。

本人が「やっていない」と否認しているときは、もちろんそれを信じることも大切ですが、被害者側の言い分も弁護士を通して聞き、判断することも大切です。

他方で、本人が認めているような場合には、被害者に対し謝罪や慰謝料の支払いをして示談をすることにより、早期の釈放や不起訴への道も開けてきます。

痴漢事件のまとめ

これまで見てきた通り、痴漢事件では冤罪事件も多く、また、「この人チカンです」と言われてしまった場合には、初期対応が重要になってきます。

繰り返し痴漢行為をしてしまう方の中には、「思わずやってしまう」「あとさき考えずに、気づいたら既に行動に出ていた」「家族や会社に迷惑をかけるとわかっているのに、やめられない」という人もいるでしょう。

このコラムで見たたくさんのあなたへの不利益や、いまの落ち着いた生活環境があるのにも関わらず、それを投げ打って痴漢に走ってしまうこのような考えや行動は、必ずしもあなただけが悪いわけではありません。

だからといって、あなたのした行動自体が許されるものではありません。

精神衛生については適切なクリニック・病院に行くとして、私たち弁護士は目前の法的な問題の解決に向けて力を尽くしてサポートします。

なかなか話しづらいこともあるかもしれませんが、私たちは否定せずあなたのお話を伺って、冷静に置かれている状況を分析し、いまあなたは法的にどのような手段をとるのがいいかをお伝えします。

できる限り、家族や会社などにバレないように対応することも、もちろん可能です。

 

他方で、痴漢冤罪で苦しんでいる方もいるでしょう。

身に覚えのない罪を着せられて、逮捕などのつらい経験をされたと思います。
お仕事や学校などを休まざるを得なかった方もいらっしゃるでしょう。

まずは、あなたが何をして・していなくて、警察に何を話したり・されたりしたのかなど、じっくりお話を伺います。

一般の方(法律の専門家ではない方)には想像も出来ないところで話が進んでいたり、思ったより捜査機関に有罪だと思われていたりすることも残念ながら往々にしてあるところです。

現在のあなただけでなく、あなたの将来や家族・友人・会社などを守るためにも、なるべく早く弁護士にご相談することをおすすめします。

グラディアトル法律事務所では、お電話での対応も、弁護士と直接顔を合わせてお話を伺うことも可能です。ぜひ一度ご相談ください。

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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