「殺人の判例にはどのようなものがある?」
「殺人で有罪・無罪になった判例を知りたい」
「殺人罪」と聞けば、ナイフで人を刺すなどの行為をイメージするかもしれませんが、実は、直接手を下していなくても殺人罪が成立することがあります。
被害者を追い詰めて死に至らしめた場合、必要な医療を受けさせずに放置した場合、偽装心中で殺害した場合など、様々なケースで殺人罪が認定されています。
本記事では、殺人罪に関する7つの裁判例を取り上げました。
著名な裁判例、実刑判決となった判例、執行猶予付き判決が言い渡された判例、さらには無罪となった判例まで、様々な判例を具体的に紹介します。
・殺人罪の著名な判例
・殺人罪で無罪・執行猶予・実刑となった裁判例
・懲役期間、執行猶予の有無などの統計データ
殺人罪の判例が知りたい方は、是非ご一読ください。
目次
殺人罪の著名な裁判例
殺人罪は、人を殺すと成立する犯罪です。
著名な裁判例をピックアップしながら、殺人罪の実行行為、不作為による殺人、偽装心中など、殺人罪の成立が問題となったケースを紹介します。
(殺人)第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する。
殺人罪の実行行為が問題となった判例|最高裁昭和59年3月27日判決
殺人罪は、「人を殺す行為」によって成立する犯罪です。
では、どのような行為があれば、「人を殺す行為」があったと言えるのでしょうか?
たとえば、自分で手を加えるのではなく、被害者を追い詰めて死に至らしめた場合に「人を殺した」といえるのか?
この点について、判例は次のように示しています。
厳寒の深夜、銘酊しかつ暴行を受けて衰弱している被害者を河川堤防上に連行し、未必の殺意をもつて、その上衣、ズボンを脱がせたうえ、脅迫的言動を用いて同人を護岸際まで追いつめ、逃げ場を失つた同人を川に転落するのやむなきに至らしめて溺死させた行為(判文参照)は、殺人罪にあたる。
(引用:裁判要旨|最高裁昭和59年3月27日判決)
この事件で、裁判所は被告人らが被害者の死亡を予見しながら(未必の殺意)、死の危険がある状況を作り出したことを重視しました。
そして、直接手を下さなくても、被害者が死なざるを得ない状況に追い込んだ行為は「殺した」にあたるとして、殺人罪を成立させました。
不作為による殺人が認められた判例|最高裁平成17年7月4日判決
殺人罪は、積極的な行為だけではなく、「何もしない」という不作為によっても成立することがあります。
重篤な患者の親族から患者に対する「シャクティ治療」(判文参照)を依頼された者が,入院中の患者を病院から運び出させた上,未必的な殺意をもって,患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせないまま放置して死亡させたなど判示の事実関係の下では,不作為による殺人罪が成立する。
(引用:裁判要旨|最高裁平成17年7月4日判決)
この事件では、被告人が「死んでも構わない」と考えて放置したことが原因で、患者が死亡しています。しかし、被告人は「何もしなかった」だけで、患者を殺すために何か積極的な行動をおこしたわけではありません。
そこで、必要な医療措置を受けさせなかった行為が殺人罪の実行行為といえるかが争われたのです。
この点、裁判所は、患者の命を預かる立場にあった被告人には、必要な医療を受けさせる義務(作為義務)があったと判断しました。そして、作為義務を果たさないことは、殺人行為と同じ危険性(作為との同価値性)を秘めているとして、殺人罪が成立するとしました。
偽装心中で殺人罪が成立した判例|最高裁昭和33年11月21日
被害者が自ら死を選んだように見える場合でも、殺人罪が成立するのでしょうか?
被告人が追死してくれるものと誤信して心中を決意し、被害者が青化ソーダを飲んで死亡した偽装心中の事案で、判例は以下のように示しています。
一 被害者の意思が自由な真意に基かない場合は刑法第二〇二条にいう被殺者の嘱託または承諾としては認められない。
二 自己に追死の意思がないに拘らず被害者を殺害せんがため、これを欺罔し追死を誤信させて自殺させた所為は、通常の殺人罪に該当する。
(引用:裁判要旨|最高裁昭和33年11月21日判決)
この判例は、被告人は心中する意思がないにもかかわらず、あたかも一緒に死ぬかのように被害者を欺いた事案です。被告人に追死する意思はありませんでしたが、「死」そのものを被害者が認識していたため、被害者の承諾が有効なものと言えるかが争点となりました。
裁判所は、被害者の承諾が被告人の欺罔によるものだと認定しました。
そして、被告人の追死を前提とした決意は、被害者の自由な真意に基づくとはいえないため、自殺関与罪ではなく、通常の殺人罪が成立するとしています。
殺人罪で有罪となった裁判例
殺人罪で有罪となった場合、事件の内容や情状によって量刑が大きく異なります。
実刑、執行猶予付き判決となった裁判例をそれぞれ取り上げて、裁判所がどのような事情を考慮して量刑を決定したのかを紹介します。
令和7年3月7日和歌山地裁判決|懲役11年
【事案の概要】
被告人は内妻のA(72歳)と生活していました。妻が仕事を辞め、その後被告人も仕事を辞めたため、二人の生活費は妻の年金だけが頼りとなりました。年金だけでは生活できず、将来の見通しが立たなくなった被告人は、妻を殺して自分も死のうと考えて、テレビを見ていた妻の背後から電気コードを首に巻き付けて締め付け、窒息死させたという事案です。
【量刑】
以下のような理由から、懲役11年の判決が言い渡されました。
以上の犯情評価を踏まえると、本件は、殺人の同種事案(配偶者に対する単独犯の 殺人1件で、「心中」又は「その他の家族関係」を動機とし、ひも・ロープ類を凶器 とする事案)の中でやや重い部類に属するといえる。
これを前提に、一般情状について見ると、自首した点は被告人のため酌むべき事情として考慮できる。もっとも、犯行の約1か月後、そのまま生活を続けることが困難な状況になった時点で自首したに過ぎないから、それほど重視はできない。他方で、20年以上前の懲役前科2件(強盗致傷及び強盗)があることは、その時期が相当古く、犯行の内容も異なることからすれば、特に考慮すべきとはいえない。そこで、これらの評価も踏まえ、主文の刑が相当であると判断した。
(引用:令和7年3月7日和歌山地裁判決)
令和3年12月13日京都地裁判決|懲役3年執行猶予5年
【事案の概要】
被告人は重度の知的障害を持つ17歳の実子を介護しながら育てていました。被告人自身もうつ病を患い、将来に希望が持てなくなって自殺を決意しました。しかし、自分が死んだらAの世話をする人がいなくなることを心配し、実子と一緒に死ぬことを決意。自宅で実子の首をベルトのようなもので絞めて窒息死させたという事案です。被告人は犯行当時、うつ病の影響で心神耗弱状態でした。
【量刑】
以下のような理由から、懲役3年(執行猶予5年)の判決が言い渡されました。
本件は,同種事案(殺人,単独犯,被害者の立場は子,動機は心中又は介護疲れ,考慮すべき前科なし,心神耗弱)の中では,中程度ないしそれより軽い部類に属し,執行猶予を付すべき事案であるといえる。
そこで,被告人が事実を認めて反省の態度を示し,母が被告人の兄らと共に被告人を監督することを約束していること,被告人の身を案じる友人らの存在も今後の被告人の支えになると期待できること,精神障害については医療機関等における適切な治療・福祉が望まれること等の諸事情も併せ考慮して,その刑の執行を猶予することとした。
(引用:令和3年12月13日京都地裁判決)
殺人罪で無罪となった裁判例
次に、殺人罪で無罪となった裁判例を紹介します。
令和6年12月12日和歌山地裁判決
覚せい剤を使った殺人事件として起訴されたものの、無罪となった判例です。
本判例では、夫に覚せい剤を摂取させて殺害したとして起訴された被告人に対し、無罪判決が言い渡されました。
【事案の概要(公訴事実)】
検察官は、被告人が、夫(A)に対し、何らかの方法で致死量の覚せい剤を飲ませて殺害したと主張しました。
夫の死因が急性覚せい剤中毒であることに争いはありませんでしたが、被告人がAに覚せい剤を摂取させて殺害したと認められるかが争点となりました。
【裁判所の判断】
以下のような理由から、被告人が本件犯人であるとの事実を認定するには合理的な疑いが残るとして、無罪判決が言い渡されました。
被告人が、本件時にAに致死量を超える覚せい剤を摂取させることは一応可能であり、被告人が、本件に先立ち、インターネット上の掲示板を使って致死量を超える覚せい剤を注文し、現実に密売人と対面して代金と引き換えに品物を受け取ることまでしていること、本件当日、A方でAと2人きりでいた時間帯のうち、1時間余りの間に集中して繰り返し2階と1階を行き来するという普段と異なる行動をとっていること、さらに、被告人には、Aの死亡により多額の遺産を直ちに相続できるなどAを殺害する動機になり得る事情があったことは、被告人がAに覚せい剤を摂取させて殺害したのではないかと疑わせる事情であるものの、これらの事情を検察官が指摘する被告人の検索履歴等と併せ考慮しても、被告人がAを殺害したと推認するに足りない。
さらに、消去法で検討しても、Aが本件時に初めて覚せい剤を使用し、その際に誤って致死量を摂取して死亡した可能性については、これがないとは言い切れない。
(引用:令和6年12月12日和歌山地裁判決)
令和4年11月28日鹿児島地裁判決
住居侵入強盗殺人事件として起訴されたものの、無罪となった判例です。
本判例では、高齢者宅に侵入して殺害したとして起訴された被告人に対し、無罪判決が言い渡されました。
【事案の概要(公訴事実)】
検察官は、被告人が、金品を盗む目的で被害者(A)の家に玄関引き戸から侵入し、被害者(A)の右鎖骨上部などを刃物のようなもので複数回突き刺して殺害したと主張しました。本件では、被告人が本件の犯人であると認められるかが争点となりました。
【裁判所の判断】
以下のような理由から、被告人が本件犯人であるとの事実を認定するには、合理的な疑いが残るとして、無罪判決が言い渡されました。
証拠から認められる本件犯人の行動と被告人の行動は、検察官が主張するように被告人が犯人でなければ合理的に説明できないほどに重なり合っているものとはいえない。
既に指摘しているとおり、経済的に困窮していた被告人が、本件犯行より前に、金品を得る目的で被害者方に侵入しようと考え、その下見又は下調べの際に、あるいは現に侵入し又は立ち去る際に、被害者方玄関の右側引き戸に複数回触れた可能性は否定できず、更に居間兼寝室を中心に被害者方の内部を物色するなどした際に、本件毛髪、本件血痕に含まれていた被告人のDNA及び本件付着物を残し、その機会に台所の冷蔵庫に触れた可能性も否定できない。また、検察官が指摘する被告人の検索履歴及び経済状況は、いずれも被告人が本件犯人でなくても説明の付く事情といえる。
結局、本件においては、証拠上認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているということはできないというべきである。
(引用:令和4年11月28日鹿児島地裁判決)
裁判例から見る殺人罪の量刑
次に、裁判所の司法統計をもとに、殺人罪の量刑データを紹介します。
殺人罪の判決でどのような量刑が言い渡されているのかのイメージを掴むための、参考としてご活用ください。
→「殺人罪 量刑」へ内部リンク
懲役10年超えは34%
司法統計によると、殺人罪で懲役10年を超える判決を受けたのは74人で、全体の約34%にあたります。
人数 | 割合 | |
---|---|---|
有罪人員 | 216人 | 100% |
死刑 | 0人 | 0% |
無期懲役 | 6人 | 3% |
30年以下 | 10人 | 5% |
20年以下 | 58人 | 27% |
10年以下 | 58人 | 27% |
5年以下 | 20人 | 9% |
3年以下 | 64人 | 30% |
(出典:裁判所|令和5年 司法統計年報(刑事編)「第33表 通常第一審事件の終局総人員」)
内訳を見ると、無期懲役が6人、30年以下が10人、20年以下が58人です。
殺人罪の法定刑は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」ですが、64人が法定刑より低い「3年以下の懲役刑」となっています。
これは心神耗弱による刑の減軽(刑法39条2項)や、情状による酌量減軽(刑法66条)などにより、法定刑より軽い刑が科されたケースです。
被害者の数が複数の場合や、計画的で悪質な犯行の場合は、死刑を含めた重い刑が科される傾向にあります。
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執行猶予が付くのは27%
殺人罪で有罪となった216人のうち、執行猶予が付いたのは59人で、全体の約27%です。
総数 | 全部執行猶予 | 実刑 | |
---|---|---|---|
殺人罪全体 | 216人 | 59人 | 157人 |
懲役3年超え | 152人 | 0人 | 152人 |
懲役3年以下 | 50人 | 47人 | 3人 |
懲役2年以下 | 12人 | 10人 | 2人 |
懲役1年以下 | 2人 | 2人 | 0人 |
(出典:裁判所|令和5年 司法統計年報(刑事編)「第34表 通常第一審事件の有罪(懲役・禁錮)」)
執行猶予は懲役3年以下の場合にのみ付けることができるため、懲役3年を超える152人は全員が実刑判決です。
執行猶予が付くためには、正当防衛が成立する、心神耗弱状態だと認められる、情状酌量が認められるなど減軽事由が必要です。
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まとめ
最後に、記事で紹介した判例の考え方をまとめます。
◉作為義務がある者が必要な行為をしなかった場合、不作為による殺人罪が成立する
◉偽装心中は、自殺関与罪ではなく殺人罪となる
◉心神耗弱などの情状により、殺人罪でも執行猶予が付くことがある
◉統計上、殺人罪で懲役10年を超える判決は全体の34%、執行猶予付き判決は27%
以上です。
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