飲食店で職務手当は固定残業代に含まれないとして220万円獲得した事例

弁護士 若林翔
2024年04月11日更新

飲食店では、労働時間が長くなることや、深夜に働くことが多く、未払い残業代が発生しやすい業態です。

飲食店で1日12時間拘束され必死で働いたにもかかわらず、会社は固定残業代の支払いを理由に残業代を支払ってくれない。

このような場合、残業代請求を諦めなければならないのでしょうか。

今回は、弊所で受任した残業代請求についての事件の中から、約1年分の未払賃金を求める労働審判をおこし、会社と和解の末220万円の支払いを得た事例についてご紹介させていただき、併せて解決までのポイントなどを解説しようと思います。

この事例では、会社側から「職務手当」が「固定残業代」に該当し、残業代を支払っていると反論されており、職務手当の固定残業代該当性が争点となりました。

 

概要|飲食店での残業

ご依頼者は東京都内在住の飲食店従業員だった男性で、今回退社するまでは会社のために時間外労働もいとわずに働いていました。

ご依頼者は1年ほど前から相手方の会社で働き始めましたが、労働条件通知書にはおよそ以下のように記載されていました。

・期間の定めのない雇用契約

・業務内容は店舗調理・接客業務全般

・所定労働時間は1日あたり8時間(休憩1時間)

・年休:105日

・基本給:20万円(月額)

・「職務手当」:10万5千円(月額)(職務手当は、残業・深夜・休日手当に充当されるものとする)

・月額合計:30万5千円

しかし、実際に勤務してみると、1時間の休憩を含め12時間を拘束されるのが常であり、繁忙期には休憩なしで14時間労働をさせられることもありました。それにもかかわらず、基本給と「職務手当」の支払いしか受けることしかできず、正当な対価なく残業をさせられているのではないかと悩んでいました。

そこで、残業代の支払を求め、労働事件を多数取り扱っている弊所にご相談いただきました。

弁護士による残業代請求の交渉

ご依頼者の相談を受けた弁護士は、まずご依頼者の持っているタイムカードなどの残業の証拠を確認し、法的な見地から残業代を再度算定しなおしました。

すると、最大で280万円の残業代請求が認められる可能性があるとの見解を得たため、その法的根拠を示した上で、相手方の会社にその支払いを求める書面を送りました。

しかし、会社からは「職務手当」に残業代が含まれているところ、これはいわゆる「固定残業代」に当たり、残業代は既に支払われているとの回答がきました。

そこで、弁護士はこの「職務手当」は固定残業代に当たらず、残業代が支払われたということはできないという点を、法的な観点から論じていきました。

この主張についても会社は応じず、弁護士を立てて反論をしてきたため、弊所弁護士は労働審判の申立てをすることとしました。

労働審判で220万円の残業代支払いの和解が成立

 その結果、労働審判の中で和解が成立し、ご依頼者は会社から220万円の支払いを受けることができました。

解決のポイント1:残業代の計算

まず、本件のような残業代に関する争いにおいては、残業代の請求をする側で残業の事実を立証していく必要があります。そのため、タイムカード等の残業の事実を示す直接的な証拠があることが重要です。

本件においては、ご依頼者がタイムカードの写真と労働時間について自ら記録したデータを所持していたため、残業の事実及びその時間についてはさほど争いなく認められることができました。残業代の請求を考えている方は、自ら保有している残業時間を示す証拠を大切に保管し、また、会社が保有する残業時間を示す証拠の保管状況などを把握しておくようにすることが重要です。

なお、タイムカードのような直接的な資料が手元にないからといって、まったく残業の事実が認定される余地がないというものではありません。直接的な証拠がないからといって簡単にあきらめず、労働問題に詳しい弁護士に相談することで残業代請求の糸口が見つかる場合もあります。

タイムカード以外に、どのような記録が残業代の証拠になるのかについては、以下の記事をご参照ください。

タイムカードないけど残業代もらえる!あれば役に立つ証拠16選!

 

また、残業代の詳しい計算方法については、以下の記事をご参照ください。

【残業代を計算したい人へ】60時間超・深夜手当・休日手当までわかる

 

解決のポイント2:職務手当と固定残業代

本件において特に争点となったのは、「職務手当」がいわゆる「固定残業代」に当たるか否かという点でした。

この「職務手当」が固定残業代に当たる場合、ご依頼者は「職務手当」として残業代を受け取っているところ、「基本給」を基準とした法定の残業代から「職務手当」を除外した額のみを受け取ることができます。

一方、「職務手当」が固定残業代に当たらない場合、ご依頼者は「基本給」にこの「職務手当」を加えた額を基準とした法定の残業代の全額を受け取ることができます。

判例・裁判例によれば、固定残業代による割増賃金の支払いが有効とされる要件として

①通常の労働時間の賃金と固定残業代部分が判別できること(判別性)

②割増賃金に代わる趣旨で支払われていること(対価性)

が求められると考えられています(医療法人社団Y会事件:最判平成29年7月7日、日本ケミカル事件;最判平成30年7月19日等)。

本件では、上記の要件のうち、②の対価性要件が争点となりました。

確かに、労働条件通知書には「職務手当は、残業・深夜・休日手当に充当される」との記載があり、また会社の賃金規程には、割増対象賃金は基本給部分のみであり職務手当部分は含まれない旨の記載がありました。

もっとも、弁護士が相手方の賃金規程を確認したところ、「職務手当」は当人の職種、能力等を勘案して決定するとされていました。そのため、弁護士は当該「職務手当」が単なる時間外労働の対価ではなく、職種や能力に対する対価として支払われているものでもあるとして、対価性が認められないと主張しました。

また、相手方の主張に沿って考えると「職務手当」は残業代の約73時間分に当たり、残業時間の上限規制を大きく上回るものとなっていました。そのため、弁護士は「職務手当」が単なる残業代の趣旨で支払われているものとは考えられず、職種や能力に対する対価という趣旨も有していると主張しました。

さらに、労働条件通知書の「職務手当は、残業・深夜・休日手当に充当される」との記載についても、労働契約締結時に相手方担当者からご依頼者に説明されず、労働契約において、「職務手当」の趣旨が明確になっていたとはいえないと主張しました。

以上のような弁護士の主張から、相手方はかなりの範囲でご依頼者側の請求を呑まざるを得ないと判断したところ、労働審判の初回期日において、請求の大部分を認める方向で話し合いが進みました。そして、なるべく早期の決着を希望されているご依頼者の意思にもかんがみ、220万円での和解を成立させることとなりました。

本件は、「職務手当」が固定残業代であるとはいえない可能性が高いということから、「職務手当」を残業代算定の基礎とした請求の大部分が認められた事案でした。

もっとも、仮に一定の手当が固定残業代として有効であったとしても、なお追加の残業代の請求が認められる場合があります。

いかなる場合に追加の残業代請求が認められるかについては、以下の記事をご参照ください。

みなし残業代(固定残業代)に追加の残業代を請求できる6つのケース

また、本件では1年間の残業代請求について退職後直ちにご依頼いただいたため問題となりませんでしたが、残業代を請求できる期間は3年とされています(労働基準法115条、労働基準法附則143条)。長期にわたる残業代の未払いを抱えている方は、できる限り早く弁護士にご相談することをおすすめいたします。

なお、残業代の時効についてさらに知りたいという方は、以下の記事をご参照ください。

残業代の時効は3年!時効を阻止する方法と残業代請求の流れを解説

まとめ

このように、会社が固定残業代のような制度を定めていたとしても、それが必ずしも法律上有効なものであるとは限りません。また、仮に制度が有効であったとしてもそれが適切に運用されているとは限りません。この点については契約の解釈等に関する複雑な法律問題が絡んでくるところ、専門家のサポートを受けることが問題の解決にとって重要となります。

正当な対価なく長時間の残業をしたのではないかと感じ、会社に対する残業代請求をしていきたいとお考えの方は、ぜひ一度、弊所にお問い合わせください。

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

お悩み別相談方法

相談内容詳細

よく読まれるキーワード