「退職した担当者が会社のSNSアカウントを引き継がない」
「運用を委託していたアカウントを返してもらえない」
「共同で運用していたアカウントの管理権限でもめている」
このようなトラブルでは、「SNSアカウントはそもそも誰のものなのか」「返還を求めることはできるのか」といった点が問題となります。
もっとも、SNSアカウントは、物理的な「モノ」ではないため、単純に所有権で判断できるわけではありません。その帰属は、契約関係や運用実態などを踏まえて個別に判断されることになります。
本記事では、
・SNSアカウントの法的な位置づけ
・帰属が争われた裁判例や具体的な判断基準
・実際にアカウントの返還を求める方法
・トラブルを未然に防ぐための実務対応
などをわかりやすく解説します。
SNSアカウントは法律上「誰のもの」なのか
SNSアカウントの帰属を正しく理解するためには、まずその法的な性質を整理することが重要です。
ここでは、所有権との関係や、実務上どのように扱われているのかを説明します。
SNSアカウントは「所有権」の対象ではない
民法上の所有権は、原則として「有体物」に対して成立する権利です(民法85条)。有体物とは、形のある物理的な物を指します。
これに対して、SNSアカウントはデータやサービス利用上の地位にすぎず、物理的な形を持つものではありません。そのため、SNSアカウントそのものに対して所有権が成立することはありません。
したがって、「誰が所有者か」という観点だけでアカウントの帰属を判断することはできず、別の法的枠組みで検討する必要があります。
SNSアカウントは利用契約上の地位・管理権限として扱われる
SNSアカウントは、各プラットフォームの利用規約に基づいて付与される「利用契約上の地位」として捉えられます。すなわち、アカウントの名義人や登録者が、サービスを利用する権利と管理権限を持つという構造です。
実務上は、この「管理権限」を誰が有しているかが、アカウントの帰属を判断する重要なポイントとなります。たとえば、企業が業務としてSNS運用を行っている場合には、担当者個人ではなく、企業側に管理権限が帰属すると評価されます。
もっとも、名義や登録情報が個人になっている場合や個人の活動として運用されていた場合には、個人に帰属すると判断されることもあるため、具体的事情に応じた検討が必要です。
SNSアカウントの帰属が争われた裁判例
SNSアカウントの帰属は、実際の裁判でも争われています。
ここでは、代表的な裁判例をもとに、どのような基準で判断されたのかをみていいましょう。
大阪高判平成31年3月27日|会社運用SNSの管理権限の帰属が争われた事例

【事案の概要】
本件は、会社の取締役であった者が運用していたInstagramアカウントについて、退任後に会社へ引き継がなかったことから、会社がパスワードの開示および損害賠償を請求した事案です。
当該アカウントは個人名義で開設されていましたが、会社のブランド名を含むユーザー名が使用され、商品の宣伝や店舗情報の発信など、会社の広報・販売促進のために利用されていました。
しかし、取締役退任後も当該人物がパスワードを開示しなかったため、会社がアカウントを利用できなくなり、紛争に発展しました。
【裁判所の判断】
裁判所はまず、SNSアカウントの「利用者としての地位」は、プラットフォームとの契約関係上、アカウントを開設した個人に帰属すると判断しました。
もっとも、本件アカウントについては、
| ・会社のブランド名と同一のユーザー名が用いられていること ・会社の公式サイトへのリンクが設定されていること ・商品の宣伝や店舗紹介など、会社業務として運用されていたこと |
などから、会社の業務の一環として運用されていたと認定しました。
そのうえで、取締役は、会社との関係で委任契約上の義務を負う立場にあるとして、退任時には業務に関する引継義務があり、その一環としてアカウントのパスワードを開示すべき義務があると判断しました。
また、パスワード開示義務違反による損害についても、一部の損害賠償を認めています。
【ポイント】
本判例の重要なポイントは、以下のとおりです。
このように、本判例は「形式(名義)」ではなく「実質(運用実態)」によってSNSアカウントの帰属や管理権限が判断されることを示した重要な裁判例といえます。
東京地判令和5年2月10日|SNSアカウントの返還請求が問題となった事例

【事案の概要】
本件は、YouTubeチャンネルの運用をめぐり、アカウントの管理権限やパスワード変更の適法性が争われた事案です。
原告(YouTuber)は、動画編集業務を委託していた会社に対し、同社がYouTubeチャンネルに紐づくGoogleアカウントのパスワードを変更し、自らログインできない状態にしたことが違法であるとして、損害賠償を請求しました。
これに対し被告会社は、当該アカウントは自社名義で作成したものであり、自らが管理権限を有していると主張しました。また、契約書上も、アカウントの所有者が被告会社である旨の条項が存在すると主張しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、本件アカウントの帰属や管理権限について、アカウントの開設経緯や契約内容を踏まえて検討しました。
その結果、
・アカウントは被告会社名義で作成されていること
・契約書上、アカウントの所有者が被告会社であるとする条項が存在すること
などの事情を踏まえ、被告会社側に管理権限があると認めました。
そのうえで、被告によるパスワード変更についても、第三者の操作によりログイン不能となった状態を回復するための措置であり、不法行為には当たらないと判断しました。
したがって、原告の損害賠償請求は認められませんでした。
【ポイント】
本判例のポイントは以下のとおりです。
この裁判例は、契約と開設主体がSNSアカウントの帰属判断に大きく影響することを示した点で、実務上重要な意義を有します。
SNSアカウントの帰属を判断するポイント

SNSアカウントの帰属は、「名義」だけで決まるものではなく、契約関係や運用実態などを踏まえて総合的に判断されます。
ここでは、実務や裁判例で重視される主な判断ポイントを説明します。
アカウントの開設主体
まず重要なのが、「誰がアカウントを作成したのか」という点です。
具体的には、
・会社が公式アカウントとして開設したのか
・担当者個人の名義で開設されたのか
といった事情が判断材料となります。
もっとも、開設名義が個人であっても、実際には会社の業務として運用されていた場合には、会社側に帰属が認められることもあります。そのため、開設主体はあくまで一つの要素にすぎず、他の事情とあわせて検討されます。
運用目的
アカウントがどのような目的で運用されていたかも重要です。
たとえば、企業の広報・販促活動として運用されていた場合には、会社に帰属する可能性が高いといえますが、個人の発信活動として運用されていた場合には、個人に帰属する可能性が高いといった傾向があります。
特に、投稿内容が企業の商品紹介やサービス案内などで一貫している場合には、業務用アカウントと評価されやすくなります。
フォロワーの形成方法
フォロワーがどのように集められたかも、帰属判断に影響します。
たとえば、会社のブランド力や広告費によって獲得されたフォロワーが多ければ、会社に帰属する方向に働きますが、個人の知名度や発信力によって集まったフォロワーが多ければ、個人に帰属する方向に働きます。
SNSアカウントはフォロワー数自体が価値となるため、その形成過程は非常に重要な判断要素です。
アカウント管理情報の管理状況
ID・パスワードなどの管理状況も重要なポイントです。
といった場合には、会社が管理主体と評価されやすくなります。
一方で、特定の個人のみが管理しており、会社側がアクセスできない状態であった場合には、その個人に帰属すると主張される余地が生じます。
契約・就業規則の有無
契約書や社内ルールの存在は、帰属判断において非常に大きな意味を持ちます。
たとえば、
・業務用SNSアカウントは会社に帰属する
・退職時にはアカウントを引き継ぐ義務がある
といった内容が明記されていれば、その合意内容が優先的に考慮されます。
逆に、こうしたルールが存在しない場合には、後から帰属をめぐるトラブルが生じやすくなります。
SNSアカウントの返還を求める方法
SNSアカウントの帰属が自社や自分にあるにもかかわらず、第三者に管理されている場合には、法的手段によって返還を求めることが可能です。
ここでは、SNSアカウントの返還を求める代表的な請求方法を説明します。
ID・パスワードの開示請求|契約解除に伴う原状回復・委任契約に基づく引継ぎ義務など
SNSアカウントの返還請求は、物の返還請求とは異なり、「アカウントそのもの」を直接取り戻すというよりも、IDやパスワードなどの管理情報の開示を求める形で行われるのが一般的です。
この請求の法的根拠としては、主に以下のようなものが考えられます。
| ・委任契約に基づく引継義務業務としてSNS運用を委託していた場合、契約終了時には業務の引継ぎとしてアカウント情報の開示義務が生じます。 ・雇用契約に基づく義務従業員が業務としてSNSを運用していた場合、退職時には会社へ管理情報を引き継ぐ義務があります。 ・契約上の明示的な規定契約書や就業規則にアカウントの帰属や引継ぎが定められている場合、その内容に従って開示請求が可能です。 |
実務上は、まず内容証明郵便などで任意の開示を求め、それでも応じない場合には訴訟によって開示を求めることになります。
SNSアカウントにログインできずに生じた損害の賠償請求|不法行為に基づく損害賠償請求
相手方がアカウントの管理情報を開示しないことにより、SNS運用ができなくなった場合には、不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。
たとえば、以下のような損害が問題となります。
| ・SNS経由の売上減少 ・広告収益の逸失 ・フォロワーやブランド価値の毀損 ・新たなアカウント立ち上げにかかった費用 |
これらの損害については、因果関係や金額の立証が必要となるため、証拠の確保が重要です。
SNSアカウントトラブルを防ぐための実務対応
SNSアカウントをめぐるトラブルは、一度発生すると事業への影響が大きく、解決にも時間とコストがかかります。そのため、事前のルール整備や運用体制の構築によって、未然に防ぐことが重要です。
ここでは、実務上押さえておくべきトラブル予防のポイントを説明します。
アカウントの帰属を契約書や利用ルールで明確にしておく
もっとも基本的な対策は、アカウントの帰属や管理権限を事前に明確にしておくことです。
具体的には、
・アカウントの管理権限は誰にあるのか
・退職や契約終了時に誰へ引き継ぐのか
・ID・パスワードや登録情報を誰が管理するのか
といった点を、契約書や就業規則、SNS運用規程などに明記しておく必要があります。
これにより、帰属をめぐる争いを大幅に防ぐことができます。
登録名義・登録メールアドレス・電話番号を整理しておく
アカウントの開設時点で、登録情報を適切に管理しておくことも重要です。
具体的には、
・会社名義か個人名義か
・どのメールアドレスを紐づけるか
・二段階認証の連絡先を誰に設定するか
といった点を明確にしておきます。
特に、個人のメールアドレスや電話番号を使用している場合、退職時にアクセスできなくなるリスクがあるため注意が必要です。
個人用アカウントと業務用アカウントを混同しない
業務用アカウントと個人用アカウントを混同すると、帰属の判断が曖昧になり、トラブルの原因となります。
そのため、業務用アカウントは会社名義で作成する、個人アカウントで業務投稿を行わないなど、明確に区別する運用ルールを設けることが重要です。
パスワード・認証情報の管理方法をルール化する
アカウントの管理情報が特定の個人に依存している場合、退職やトラブル時に重大なリスクとなります。
そのため、
・パスワードを社内で適切に共有・管理する
・管理ツール(パスワード管理ツールなど)を活用する
・定期的にパスワードを変更する
といった運用ルールを整備しておく必要があります。
退職・契約終了時の引継ぎ手順を決めておく
退職や契約終了時の対応をあらかじめ定めておくことが重要です。
具体的には、
・ID・パスワードの引継ぎ方法
・投稿データやコンテンツの管理
・アカウントの最終確認手順
などを明確にしておきます。
チェックリスト形式で運用することで、引継ぎ漏れを防ぐことができます。
SNSアカウントの帰属トラブルはグラディアトル法律事務所に相談を

SNSアカウントの帰属や返還をめぐるトラブルは、契約関係や運用実態、さらには損害の有無など、複数の法的論点が絡み合うため、専門的な判断が不可欠です。対応を誤ると、アカウントを失うだけでなく、損害賠償請求などのリスクを負うおそれもあります。
グラディアトル法律事務所では、 企業のSNS運用トラブルやインフルエンサー契約、アカウント乗っ取り・管理権限争いなど、デジタル分野に関する案件について豊富な解決実績があります。実務経験に基づき、帰属の見通しの判断から、交渉・内容証明の作成、訴訟対応まで一貫してサポートが可能 です。
また、トラブル解決だけでなく、契約書の整備や社内ルールの構築など、再発防止に向けたアドバイスも行っています。SNSアカウントを安全に運用するためにも、早い段階で専門家へ相談することが重要です。
SNSアカウントの帰属や返還でお悩みの方は、まずはお気軽にご相談ください。
SNSアカウントのトラブルでお困りの方は
まとめ
SNSアカウントの帰属は、所有権ではなく契約関係や運用実態によって判断されます。名義のみで判断するのではなく、開設経緯や運用目的、契約内容などを踏まえた検討が不可欠です。
また、正当な権利がある場合には、ID・パスワードの開示請求や損害賠償請求といった手段により対応できます。
このようなSNSアカウントをめぐるトラブルに対応するには、専門的な知識や経験が必須ですので、経験豊富なグラディアトル法律事務所までご相談ください。
