妊娠・中絶の慰謝料請求は可能?弁護士が徹底解説

中絶(人工妊娠中絶)は、母体(妊娠女性)にとって身体的負担はもちろんのこと.精神的負担が相当かかるものです。

実際、中絶手術により、将来妊娠しにくい、場合によっては妊娠できない身体にならざるを得なくなったりすることもあります。

また、中絶したことの後遺症や罪悪感からの精神的ストレスなどにより、中絶後にも通院を続けなければならないこともあります。

そして本来、中絶は、様々な事情があれど胎児の父親と母親がしっかり話し合い、互いに納得して行われるべきものです。

しかし残念ながら、父親となる男性の無責任な言動により、母親となる女性が望んでいない中絶を選択するケースも多々あります。

そのような場合、多大な身体的苦痛・精神的苦痛を女性だけが負担するのは、理不尽な話といえるでしょう。

そこで本記事では、このような男性に対し、中絶費用や慰謝料を含めた損害賠償請求できるのかについて解説します。

どんな請求ができるのか? ~請求できる内容~

中絶をした女性側から、父親の男性側に請求しうる内容は下記が挙げられます。

  • 中絶費用(検診費、中絶手術代、入院費やその後の治療費等)
  • 慰謝料(損害賠償請求)

以下、順に解説していきます。

中絶費用(検診費、中絶手術代、入院費やその後の治療費等)の請求について

中絶費用の具体的金額

中絶(人工妊娠中絶)するにあたっては、まず検診費や中絶手術代がかかってきます。

妊娠中期になると入院費、手術後の状況によってはその後の治療費なども想定される費用です。

そして中絶費用は、原則として保険適用外となるため全額自己負担しなければならず、多額のお金を用意する必要があります。

そもそも妊娠が病気ではないがゆえに、中絶も病気の治療ではないからです。

また当然、通院するに際して電車やタクシーなど交通機関を利用する場合には、交通費もかかってきます。

具体的な金額としては、病院によって違いがあれど、おおよそ下記金額(手術後の治療費や交通費は除く)となるのが通例です。

  • 妊娠初期(11週まで):10~30万円程度
  • 妊娠中期(12週~21週まで):30~60万円程度

中絶費用について父親となる男性に請求できる金額

胎児の父親となる男性に請求できる金額は、中絶費用の2分の1となるのが原則です。

妊娠は男女が共同して行った性行為により生じる現象であるので、妊娠から発生する経済的負担は等しく折半すべきだからです。

とはいえ、すべての場合に中絶費用の半分だけしか請求できないわけではありません。

実際、2分の1を超えた費用を男性が負担すべきと裁判所が認めている判例もあります。

具体例としては、下記のような場合が挙げられます。

  • 強制性交(強姦)により妊娠し、中絶せざるを得なくなった場合
  • 妻子ある男性に騙されて性交渉に応じて妊娠したものの、妻子の存在が発覚して中絶を余儀なくされた場合
  • 男性が女性に対して脅迫するなどして中絶を強要した場合

このように男性の身勝手や無責任な言動が原因となった場合には、半分を超えた中絶費用を請求できることも十分にあります。

したがって、どのような事情により妊娠・中絶せざるを得なくなったかが重要になるといえます。

中絶費用の請求に必要となる証拠

中絶費用について、男性が請求に応じた費用を支払ってくれるのであれば問題はありません。

しかしながら、相手方によっては証拠がなければ支払わないと言ってきたり、支払自体を拒否されることもあるでしょう。

その際、相手方に交渉したり、場合によっては裁判を起こす場合に必要となってくるのが証拠です。

必要となってくる証拠は、下記が挙げられます。

  • 病院の領収書、診療明細書
  • 交通費の領収書
  • (医師の診断書)

まず検診費用や中絶手術代、その後の治療費を請求するには、病院の領収書が必要な証拠となります。
なお診療明細書についても、具体的にどの診療についての費用かを明らかにするため残しておいた方がベターです。

また交通費を請求したい場合には、その領収書も必要となります。

さらに訴訟となった際には、妊娠していたことを証するために医師の診断書が必要になることもあります。

慰謝料(損害賠償)の請求について

男性の身勝手や無責任な言動が原因となった妊娠・中絶となった場合には、慰謝料も請求できることが可能なケースもあります。

まずは実際の裁判例を2つ紹介いたします。

慰謝料請求の裁判例

東京高裁平成21年10月15日(抜粋)

控訴人と被控訴人が行った性行為は、生殖行為にほかならないのであって、それによって芽生えた生命を育んで新たな生命の誕生を迎えることができるのであれば慶ばしいことではあるが、そうではなく、胎児が母体外において生命を保持することができない時期に、人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては、母体は、選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが、それらの苦痛や負担は、控訴人と被控訴人が共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから、控訴人と被控訴人とが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。

しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負う被控訴人としては、性行為という共同行為の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、控訴人は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとして、被控訴人に対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり、これによる損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である(被控訴人が、条理上の義務違反に基づく損害賠償責任というところの趣旨は上記趣旨をいうものと解される。)。

しかるに、控訴人は、前記認定のとおり、どうすればよいのか分からず、父性としての上記責任に思いを致すことなく、被控訴人と具体的な話し合いをしようともせず、ただ被控訴人に子を産むかそれとも中絶手術を受けるかどうかの選択をゆだねるのみであったのであり、被控訴人との共同による先行行為により負担した父性としての上記行為義務を履行しなかったものであって、これは、とりもなおさず、上記認定に係る法律上保護される被控訴人の法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず、これによって、被控訴人に生じた損害を賠償する義務があるというべきである(なお、その損害賠償義務の発生原因及び性質からすると、損害賠償義務の範囲は、生じた損害の二分の一とすべきである。)。

この裁判例をわかりやすく解説します。

まず、中絶せざるを得なくなった女性は、中絶すると決めたときから身体的及び精神的苦痛を受け、それに伴う経済的負担も負う立場にあると判示しています。

これらの不利益は、共同で行った性行為から生じた結果であるため、女性だけでなく胎児の父親である男性と等しく分担すべきであるとしています。

そして、女性には男性から不利益を軽減・解消・分担する行為の提供を受ける法的利益があるとしています。

これは逆に言うと、胎児の父親たる男性は、中絶に伴う女性が負う不利益を軽減・解消したり、分担すべき行為を提供する義務を負っているということになります。

それにもかかわらず、男性がこの義務を果たさない場合には、女性の法的利益を侵害するものとして不法行為(民法709条、民法710条)となり、損害賠償責任は免れないと示しました。

この裁判例では、男性が話し合いをしようともせず、女性に産むか中絶手術を受けるかの選択を委ねるのみだったので、上記義務を果たしたとはいえないとしました。

したがって、女性の法的利益を違法に侵害したものとして、女性に生じた損害の二分の一、すなわち半分を賠償すべきとの結論になりました。

なお実際の金額としては、身体的及び精神的苦痛に対する慰謝料が200万円、それに伴う治療費代等が約70万円とされ、その合計額の半分である約135万を支払うべきものとされました。

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

民法

東京地裁平成27年7月31日(抜粋)

被告は,原告に求婚し,原告が妊娠する可能性を認識しつつ,避妊の措置を講ぜずに性交渉を続けていたところ,被告は,平成26年1月4日までと同月11日以降とで,妊娠した原告に対する態度をはっきり変え,同月11日には,中絶せず,子供を産んでも認知はしないと述べるなどしている。

原告が,手のひらを返したようであると感じたとしても,無理からぬところである。

また,被告は,本人尋問において,原告の妊娠した子が,自分の子であることを認めつつ,認知するつもりはなかったと,重ねて供述するところ,被告が,認知の法的意味を正確に理解して供述したかは定かではないが,被告の言動は,少なくとも,生まれた子について,父親としての責任を取るつもりはないという意味であろうから,原告に求婚し,原告が妊娠する可能性を認識しつつ,避妊の措置を講ぜずに性交渉を続けていた者としては,あまりにも無責任というほかない。

被告は,原告の妊娠が判明して以降,積極的に原告との話し合いを重ねて誠実に対応してきた旨主張するが,具体的に何が誠実な対応だったのか,不明である。

そうすると,被告は,原告の前記苦痛や負担を軽減しあるいは解消する行為をする義務に違反し,法律上保護される原告の法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず,これによって,原告に生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

(中略)

証拠(甲2,8)によれば,原告が,被告から中絶を求められた際,自殺を図ったこと,中絶後,平成26年2月3日,過呼吸で救急搬送された事実が認められる。

これによれば,原告は,中絶に至る一連の経過により,多大の精神的苦痛を被ったというべきである。

(中略)

前記認定の経過によれば,被告の責任が重大であることは,明らかである(原告の損害を原告と被告との共同行為の結果とみるとしても,被告の賠償すべき範囲は,8割を下らない。)。

こちらは、前述の裁判例と同じ法律構成で、結論として女性に生じた損害の8割を賠償すべきと判示しました。

8割と割合が大きい理由としては、以下のとおりと思われます。

男性が結婚を求め、避妊もせず性交渉を続けていたにもかかわらず、いざ妊娠が判明すると、中絶を要求し、仮に産んでも認知しないと、いわば態度を180度翻した無責任な言動に悪質性が強いと判断されたのでしょう。

なお実際の金額としては、こちらも身体的及び精神的苦痛に対する慰謝料が200万円で、その8割である160万を支払うべきものとされました。

慰謝料(損害賠償)請求のポイント

慰謝料(損害賠償)請求できる場合とは?

紹介した2つの裁判例や、その他の裁判例からして、男性に中絶に伴う慰謝料(損害賠償)請求できる場合は以下になります。

男性が、中絶に伴う女性が負う不利益を軽減・解消したり、分担すべき行為を提供する義務を果たさなかった場合です。

具体的には、男性に下記のような行為があれば、義務を果たさなかったといえるでしょう。

・女性から妊娠を告げられた際に、まともに話し合いに応じなかったり、連絡を無視・ブロックするなどの行為
・話し合いで中絶することを決めたとしても、中絶費用を負担しなかったり、中絶に必要な同意書に署名しなかったりするなどの行為

慰謝料(損害賠償)請求で考慮される事情

そして慰謝料(損害賠償)請求できる場合、男性の責任割合はそれぞれの場面の事情によって異なってきます。

性交渉について

避妊具(コンドーム)の利用の有無や利用しなかった理由がポイントになります。

以下のような場合には、男性の責任割合が大きくなる事情といえます。

・避妊具の利用を要求したにもかかわらず、男性が半ば強引に避妊具なしで性行為に及んだ場合
・結婚するからとうそぶき避妊具を利用しなかった場合

話し合いについて

話し合いの有無やその内容がポイントになります。

以下のような場合には、男性の責任割合が大きくなる事情といえます。

・無視や連絡先をブロックするなど、そもそも話し合いに応じなかった場合
・話し合いに応じたとしても、産むことは一切考えず中絶するだけを迫った場合
・産むことを選択したら認知しない、養育費を支払わないなど中絶するしか選択肢がないよう追い込んだ場合

慰謝料(損害賠償)請求に必要となる証拠

まず、上で述べた男性がなすべき義務を果たさなかったことを証明する証拠が必要になります。

そして、男性が義務を果たさなかったために損害が発生したことを証明する証拠も必要です。

さらに、男性がどこまでの範囲で賠償責任を負うべきかを考慮するための証拠も必要になってきます。

以下、順に説明していきます。

男性がなすべき義務を果たさなかった証拠

話し合いに応じなかった証拠としては、携帯電話の通話履歴やLINEのやり取りなどが証拠になるでしょう。

携帯電話の通話履歴については、たとえば通話の詳細などのメニューを選択すれば電話に出ていないことが明らかになります。

LINEのやり取りにおいては、その画面のスクショが明白な証拠です。

また電話や実際に会って話したものの、まともに対応してくれなかった証明としては録音や日記・メモなどが証拠となってきます。

一方、中絶費用の負担や同意書への署名を行わなかったことは、上記の証拠にくわえ、領収書や同意書のコピーが証拠となります。

損害が発生した証拠

損害が発生した証拠としては、男性の義務違反から精神科をはじめ病院の治療を受けたのならば、その診断書が証拠となります。

また、男性の義務違反が原因で、仕事を休まざるを得なくなり収入が減ったとなれば給与明細などが証拠となるでしょう。

男性の責任範囲の考慮事情となる証拠

こちらについても基本的にはLINEのやり取りや録音・日記などが証拠となるでしょう。

具体的には、妊娠前の性交渉にまつわるものだと結婚をほのめかしたり、妊娠しても受け入れるような発言などです。

妊娠を伝えた以降では、態度が冷たく急変したり、話し合いを避けるような内容のやり取りになります。

注意点

男性の身勝手や無責任な言動にショックを受け、LINEのやり取りなどデータを消去したくなることもあるでしょう。

しかし、上記のように慰謝料請求を行うための重要な証拠となるものです。

ですので、たとえばスマホからやり取りや写真を目にしたくないというのであれば、USBなどにバックアップ保存してから消去することをおすすめいたします。

まとめ

これまでみてきたように、まず中絶費用については少なくとも男性に対して半額を請求することが可能です。

また、妊娠後に男性がなすべき義務を果たさなかった場合には、慰謝料も請求できることも十分ありえます。

ですので、男性の無責任な言動により、中絶を選択するしかなかった際には、泣き寝入りせず弁護士に相談してみましょう。

Bio

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。
男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。