「専門業務型裁量労働制とはどのような制度なの?」
「専門業務型裁量労働制が適用されると残業代が出ないって本当?」
「専門業務型裁量労働制でも残業代を請求できるケースを知りたい」
専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを労働者の裁量に委ねる必要がある業務について、実際の労働時間とは関係なくあらかじめ定められた時間を労働時間とみなす制度です。
専門業務型裁量労働制が適用される場合、実際の労働時間ではなくみなし労働時間が労働時間になりますので原則として残業代を請求することはできません。
しかし、以下のような6つのケースに該当する場合には例外的に残業代を請求できる可能性がありますので、しっかりと押さえておきましょう。
・専門業務型裁量労働制の対象業務に該当しない
・労使協定の締結・届出がない
・労働者本人の同意を得ていない
・労働者の働き方に裁量がない
・みなし労働時間が実態とかけ離れている
・みなし労働時間が法定労働時間を超えている
本記事では、
・専門業務型裁量労働制とは
・専門業務型裁量労働制であっても残業代が請求できる6つのケース
・専門業務型裁量労働制で働く労働者が残業代を請求するために必要な準備
についてわかりやすく解説します。
残業代請求が可能な専門業務型裁量労働制であるかどうかは、法的観点からの検討が必要になりますので、まずは弁護士に相談するのがおすすめです。
目次
専門業務型裁量労働制とは
裁量労働制とは、業務の性質上、労働の手段や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある場合において、使用者が具体的な指示を行わずに労働させることができる制度です。
裁量労働制には、「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類があります。
専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを労働者の裁量に委ねる必要がある業務について、実際の労働時間とは関係なくあらかじめ定められた時間を労働時間とみなす制度です。
企画業務型裁量労働制とは、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析の業務について、業務の性質上、その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、実際の労働時間とは関係なくあらかじめ定められた時間を労働時間とみなす制度です。
本コラムでは、2種類ある裁量労働制のうち「専門業務型裁量労働制」について解説します。
なお、裁量労働制全般に関する内容については、こちらの記事をご参照ください。
専門業務型裁量労働制の対象となる20業務
専門業務型裁量労働制の対象となる業務は、厚生労働省令および厚生労働大臣が告示する以下の20の業務に限って認められます。これまでは、19業務が対象でしたが、2024年6月1日から⑬の「M&Aアドバイザーの業務」が追加されました。
①新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務 |
②情報処理システムの分析又は設計の業務 |
③新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法2条28号に規定する放送番組の制作のための取材若しくは編集の業務 |
④衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務 |
⑤放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務 |
⑥広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務) |
⑦事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務) |
⑧建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務) |
⑨ゲーム用ソフトウェアの創作の業務 |
⑩有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務) |
⑪金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務 |
⑫学校教育法に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。) |
⑬銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務) |
⑭公認会計士の業務 |
⑮弁護士の業務 |
⑯建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務 |
⑰不動産鑑定士の業務 |
⑱弁理士の業務 |
⑲税理士の業務 |
⑳中小企業診断士の業務 |
専門業務型裁量労働制であっても残業代が請求できる6つのケース
専門業務型裁量労働制が適用される場合、あらかじめ定められたみなし労働時間を働いたことになりますので、原則として残業代を請求することはできません。
しかし、以下の6つのケースに該当する場合には、例外的に残業代を請求することができます。
専門業務型裁量労働制の対象業務に該当しない
専門業務型裁量労働制は、厚生労働省令および厚生労働大臣が告示する20の業務に限って認められます。
誰でも適用対象になるわけではありませんので、対象業務に該当しない場合には、専門業務型裁量労働制を適用することはできません。
会社と労働者との間で専門業務型裁量労働制の適用に合意していたとしても、それは違法ですので残業代を請求することができます。
労使協定の締結・届出がない
専門業務型裁量労働制を適用するためには、使用者と過半数労働組合または過半数代表者との間で、以下の事項を定めた労使協定を締結しなければなりません。
①制度の対象とする業務(上記記載の20の業務)
②1日の労働時間としてみなす時間
③対象業務の遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと
④適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容
⑤適用労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
⑥制度の適用に当たって労働者本人の同意を得なければならないこと
⑦制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと
⑧制度の適用に関する同意の撤回の手続
⑨労使協定の有効期間
⑩労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中及びその期間満了後3年間保存すること
また、これらの事項を定めた労使協定については、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。
労使協定の締結・届出がない場合には、専門業務型裁量労働制を適用することはできませんので、残業代を請求することが可能です。
労働者本人の同意を得ていない
専門業務型裁量労働制を導入する際には、労働者本人の同意を得なければなりません。
これは、2024年6月1日から新たに必要になった事項ですので会社側も把握していない可能性があります。
個別の同意がないにもかかわらず専門業務型裁量労働制が適用されている場合は、違法な扱いとなりますので、残業代を請求することができます。
労働者の働き方に裁量がない
専門業務型裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを労働者の裁量に委ねる必要がある業務について適用される制度です。
20の対象業務に該当する場合であっても、実際の働き方に労働者の裁量がない場合には、専門業務型裁量労働制を適用することはできません。
会社から業務遂行の指示を受けている、労働時間が管理されているようなケースでは、残業代を請求できる可能性があります。
みなし労働時間が実態とかけ離れている
専門業務型裁量労働制を適用すれば、無制限に残業をさせられるわけではありません。みなし労働時間が実態とあまりにもかけ離れている場合、専門業務型裁量労働制の適用が違法になるケースもあります。
たとえば、みなし労働時間として1日8時間が設定されていたとしても、実際の労働時間が常態として1日12時間前後あるような場合には、実態とかけ離れたみなし労働時間であるとして違法となり、残業代を請求できる可能性があります。
みなし労働時間が法定労働時間を超えている
専門業務型裁量労働制が適法に適用されているケースであっても残業代を請求できるケースがあります。それは、みなし労働時間が法定労働時間を超えているケースです。
みなし労働時間として1日8時間を超える労働時間が設定されている場合、法定労働時間を超えた部分については、時間外労働となりますので、専門業務型裁量労働制が適用されていたとしても残業代を請求することができます。
専門業務型裁量労働制で働く労働者が残業代を請求するために必要な準備
専門業務型裁量労働制で働く労働者が残業代請求をするためには、以下のような準備をする必要があります。
就業規則や労使協定の確認
専門業務型裁量労働制が適用される前提として、就業規則に専門業務型裁量労働制に関する規定があること
および専門業務型裁量労働制に関する労使協定の締結・届出がなされていることが必要になります。
労働者としては、専門業務型裁量労働制の適用条件を満たしているかどうかを確認するためにも、就業規則の内容や労使協定の有無などをチェックするようにしましょう。
専門業務型裁量労働制の対象業務にあたるかの確認
専門業務型裁量労働制は、厚生労働省令および厚生労働大臣が告示する20の業務に限って認められます。
対象業務は、限定列挙ですので、これに該当しない場合には専門業務型裁量労働制の適用は認められません。
対象業務の該当性は、業務の名称ではなく実際の業務内容に基づいて判断しますので、形式的に対象業務に該当するように見えても、ほとんど裁量のないような業務であれば専門業務型裁量労働制を適用することはできません。
そのため、まずはご自身の業務内容と20の対象業務を見比べて、対象業務に該当するかどうかを確認してみましょう。
実際の労働時間を記録して証拠化する
専門業務型裁量労働制の適用が違法となるケースでは、一般的な労働者と同様に会社に対して残業代を請求することができます。
しかし、専門業務型裁量労働制が一応適用されている会社では、労働時間の管理が労働者に委ねられている結果、会社において労働時間を管理していなケースが多いです。
会社に対して残業代を請求するためには、労働者において残業時間の立証が必要になりますので、実際の労働時間を記録して証拠化しておくことが大切です。
専門業務型裁量労働制で働く労働者が残業代を請求する方法
専門業務型裁量労働制で働く労働者が残業代請求をする場合、以下のような方法で行います。
内容証明郵便の送付
残業代請求をする方法には法律上の特別な決まりがあるわけではありませんが、内容証明郵便を利用するのが一般的です。
内容証明郵便とは、いつ・誰が・誰に対して・どのような内容の文書を送付したのかを証明できる形式の郵便です。
内容証明郵便を利用することで、会社に対して残業代請求をしたという証拠を残すことができますので、時効の完成を猶予する手段としても有効な方法となります。
会社に対する残業代請求は、法律上の「催告」にあたりますので、それにより残業代の時効の完成を6か月間猶予することができます。
なお、残業代請求の内容証明郵便の書き方と基本的なルールについては、以下の記事をご参照ください。
会社との交渉
内容証明郵便が届いたら会社との交渉を開始します。
会社との交渉の方法には、対面での交渉もありますが、後日言った言わないの水掛け論になるのを防ぐためにも、お互いの主張のやり取りは書面で行うのが安全です。
労働者側からの内容証明郵便に対して、会社から書面で回答があったらそれを踏まえて今後の対応を考えていくとよいでしょう。
会社が残業代の支払いに応じる意向を示しているのであれば、詳細な支払い条件を詰めるために話し合いを進めていくことになりますが、
残業代の支払いを拒否する態度を示している場合は、労働審判や裁判といった法的手段を検討した方がよいでしょう。
労働審判の申立て
会社が残業代の支払いに応じてくれないときは、裁判所に労働審判の申立てを行います。
労働審判とは、労働者と使用者との間で生じた労働問題を実態に即して、迅速かつ適正に解決することができる裁判所の紛争解決手段です。
労働審判は、原則として3回以内の期日で終了することになっていますので、裁判に比べて迅速な解決が期待できる手続きだといえるでしょう。
裁判をする前に必ず労働審判を利用しなければならないわけではありませんが、話し合いによる解決の見込みがある場合は、早期解決が期待できますので労働審判の利用を検討してみるとよいでしょう。
なお、労働審判で残業代請求をする流れについては、以下の記事をご参照ください
訴訟の提起
会社との話し合いや労働審判でも解決できないときは、裁判所に訴訟を提起する必要があります。
訴訟では、当事者からの主張立証に基づいて、最終的に裁判所が判決という形で結論を出します。
判決が確定すれば、会社が任意に支払いに応じなかったとしても強制執行の申立てをすることで、会社の財産から強制的に未払い残業代を回収することができます。
なお、裁判で残業代請求をする流れについては、以下の記事をご参照ください。
専門業務型裁量労働制で働く労働者の残業代請求が認められた裁判例
以下では、専門業務型裁量労働制で働く労働者の残業代請求が認められた裁判例を紹介します。
松山地裁令和5年12月20日判決
【事案の概要】
Xは、松山大学および松山短期大学を運営する学校法人であるYとの間で雇用契約を締結し、法学部法学科に所属する契約期間の定めのない教育職員として勤務していました。
Yの就業規則では、専門業務型裁量労働制に関する定めがあり、「学校教育法に規定する大学における教授研究の業務」としてXにこれが適用されていたため、時間外労働についての割増賃金は一部しか支払いがなされていませんでした。Xは、このような扱いが違法であるとしてYらに対して未払い残業代の支払いを求めて訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、専門業務型裁量労働制の導入にあたっては、使用者と過半数代表者との間で労使協定の締結が必要であるとし、過半数代表者の選出手続きは、労働者の過半数が当該候補者の選出を指示していることが明確になる民主的なものである必要があるとしました。
そして、本件では、Yは適格性を有する過半数代表者との間で労使協定を締結したとはいえないことを理由に専門業務型裁量労働制の適用を違法と判断しました。
東京高裁平成26年2月27日判決
【事案の概要】
Xは、会計事務代行業務等を目的とするY1および税理士法人であるY2との間で雇用契約を締結し、税理士の補助業務を行うスタッフとして、確定申告に関する業務などを行っていました。
Xは、Yらに入社した時点では、公認会計士試験に合格していたものの、実務補修が未了であったため公認会計士資格や税理士資格を有していませんでした。
Yらの就業規則では、専門業務型裁量労働制に関する定めがあり、Xにもこれが適用されていたため、時間外労働についての割増賃金は一部しか支払いがなされていませんでした。Xは、このような扱いが違法であるとしてYらに対して未払い残業代の支払いを求めて訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、専門業務型裁量労働制の対象となる「税理士の業務」について、税理士法3条所定の税理士となる資格を有し、税理士名簿への登録を受けた者が主体として行う業務をいうと解するのが相当であるとして、税理士資格を有しないXに対しては、専門業務型裁量労働制は適用されないと判断しました。
専門業務型裁量労働制での残業代請求はグラディアトル法律事務所にお任せください
専門業務型裁量労働制が適用されている場合、原則として残業代を請求することはできませんが、専門業務型裁量労働制の適用が違法となるような例外的なケースであれば会社に対して残業代を請求することができます。
専門業務型裁量労働制の適用が違法であるかどうかは、残業代請求に詳しい弁護士でなければ正確に判断することができませんので、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
グラディアトル法律事務所では残業代請求に関する豊富な実績と経験がありますので、専門業務型裁量労働制の適法性が問題になる事案に関しても、適切に対応し、解決に導くことができます。
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まとめ
専門業務型裁量労働制が適用されている労働者であっても例外的に残業代を請求できるケースがあります。会社から「専門業務型裁量労働制だから残業代は出ない」と言われていたとしても、すぐに諦めるのではなく、まずは弁護士に相談するようにしましょう。
会社への残業代請求をお考えの方は、実績と経験豊富なグラディアトル法律事務所にお任せください。