今回は、弊所で受任した残業代請求についての事件の中から、障碍者施設で介護士をしていた女性の事例を紹介します。
ご依頼者の女性は、1年間会社のために介護士として精力的に働いたにもかかわらず、管理職であることと変形労働時間制を理由に残業代は支払わないと言われたものの、相手方と和解の末、約115万円の支払いを得た事例についてご紹介させていただき、併せて解決までのポイントなどを解説しようと思います。
目次
概要|介護士の残業実態
ご依頼者は大阪府内の障碍者施設で介護士をしていた女性です。
ご依頼者は相手方の法人の施設で介護士として、有期契約社員として働いたのち、その法人の無期契約社員となり、別の施設で約1年間勤務していました。その1年間の雇用契約書上の労働条件は以下のようになっていました。
・期間の定めのない労働契約
・業務内容は障碍者サービス事業における世話人
・休日は月に4日
・1か月単位の変形労働時間制による勤務(時間外労働は、役職手当の内の勤務とする)
・月給195,000円、役職手当40,000円、処遇改善手当10,000円
(なお、手当について事前に具体的な説明は受けず)
ご依頼者はこのような雇用契約の下、食事や入浴、トイレの介助などの障碍者の生活をサポートする業務のほか、現場責任者として管理者の穴埋めとしての業務も行っていました。
月の労働時間は常に200時間を超え、月によっては300時間を超えることもありました。また労働時間は、ご依頼者が記載した手書きの出勤簿を提出し、管理者が修正したものを給与に反映するという形で管理されていました。
ご依頼者はこの仕事が好きで、やりがいを感じていたため、このまま仕事を継続したいと考えていました。しかし、働きすぎで睡眠障害が起きてしまっており、このような過酷な労働に対して会社から正当な対価を受け取りたいと思うようになりました。
ご依頼者は自ら法人の理事長と交渉したものの、15万円で手を打ってほしいといわれたため、到底受け入れられるものではないと、受け取りを拒否しました。
そこで、法律家の力を借りて正当な対価を受け取りたいと考え、労働事件を多数取り扱っている弊所にご相談いただきました。
弁護士による残業代請求の交渉と訴訟提起
ご相談を受けた弁護士は、まずは法人との交渉により未払賃料の支払いを求めていくことにしました。
弁護士は、相手方に労働契約に関連する書類を提出してもらい、ご依頼者のお話や、所持している証拠と照合しながら未払い賃金を算出し、相手方との交渉を開始しました。
しかし相手方は、以下の主張をして、こちらの請求を拒絶しました。
①ご依頼者が労働基準法上の管理監督者に当たり時間外手当は発生しないこと
②変形労働時間制を採用していることにより時間外労働が発生していないこと
相手方が譲歩する気配はなく、話し合いによる解決が困難であると判断した弁護士は、訴訟を提起して約180万円の残業代請求(及び付加金の請求)をしていくことにしました。
訴訟において、弁護士は、ご依頼者の実際の働き方を具体的に示し、相手方の①の反論が妥当でないことを主張しました
また、相手方の法人の変形労働時間制の定めが法律上有効なものとはいえないと示すことで、相手方の②の反論が妥当でないことを主張しました。
そして、当初は仕事を続けたいと考えていたご依頼者も、訴訟を続けるうちに、相手方である法人と早く縁を切りたいと考えるようになりました。
そのため、弁護士は請求額をいくらか抑えたとしても、早期に訴訟を終結させることが依頼者の意思に適合すると考えました。
そこで、弁護士は依頼者と相談の上、ご依頼者と相手が妥協できる条件での和解を成立させることにしました。
介護士の残業代請求の結果|115万円獲得
その結果、訴訟の中で和解が成立し、ご依頼者は法人から約115万円の支払いを受けることができました。
また、和解条項の中には、ご依頼者が退職するにあたっての退職金共済や傷病手当の受領のために必要な手続に法人が協力するとの文言も組み込むことができました。
本事例では、①ご依頼者が労働基準法上の管理監督者に当たるか、②変形労働時間制を採用していることにより時間外労働が発生していないといえるかが争点となりました。
以下、それぞれ解説をします。
解決のポイント① 介護士の管理職・管理監督者と残業代
そもそも、労働基準法上の規定上、経営者と一体的な地位にある労働者は「管理監督者」に当たるとされ、労働時間等の規制の適用対象から除外されます(労働基準法41条1号)。
そのため、残業代請求をしようとする労働者が「管理監督者」に該当する場合には、その請求は認められません。
しかし、管理監督者に該当するか否かは、肩書や法人内部の規定等のみから判断するのではなく、職務内容や権限、待遇などを踏まえて実質的に判断されます。
特に、ア)経営者と一体的な立場で仕事をしているか、イ)出社・退社や勤務時間について厳格な制限を受けていないか、ウ)その地位にふさわしい待遇がなされているかの3点が重要な考慮要素とされます。
管理監督者に当たるか否かの詳しい判断方法について知りたいという方は、以下の記事をご参照ください。
本事例でも、相手方は、ご依頼者が管理職代行という地位を与えられていたこと、利用者を決定する権限や施設の運営権・人事権を行使していたこと、4万円の管理職手当が支給されていたことなどを指摘して、ご依頼者が管理監督者に当たると主張しました。
これに対し、弊所の弁護士は、ご依頼者が管理職やその代行についての辞令を受けたことはなく、管理者会議に出席を求められたことはないことや、自主的に決定しているように見える勤務時間は実は管理者による依頼に応じたものであり、自らの権限で勤務時間を決めて過重労働をしていたわけではないことなどを指摘して反論していきました。
解決のポイント② 介護士の変形労働時間制と残業代
そもそも、変形労働時間制とは月単位・年単位の法定労働時間に合わせて、1日の労働時間を設定することができる制度をいいます。
例えば、本事例の法人ように就業規則に1か月単位の変形労働時間制が定めた場合、(それが有効であれば)会社はその月の特定の週に週の法定労働時間(40時間)を超えて、また、特定の日に1日の法定労働時間(8時間)を超えて、労働させることができるようになります(同法32条の2第1項)。
そのためこの場合には、1日8時間・1週40時間を超えた労働をしたとしても、直ちに残業代請求ができるとは限りません。
もっとも、変形労働時間制により残業代の支払いが不要になるわけではないため、一定期間における労働時間が法定労働時間を超えている場合には、会社に対して残業代を請求することができます。
変形労働時間制について詳しく知りたいという方は、以下の記事をご参照ください。
本事例では、相手方の法人の就業規則に定められた変形労働時間制が、制度の定められた趣旨に反し、その要件を満たさないものである可能性があったことから、弊所弁護士はその規定が無効であると考え、変形労働時間制の定めがないものとして算定した残業代を請求しました。
介護士の残業代請求まとめ
本事例において、ご依頼者は当初の15万円という提示から大幅に金額を上げた約115万円を手にすることができました。
労働基準法は、労働者の労働条件の最低基準を定めた法律です。労働者は誰もが労働基準法の定める正当な対価を得る権利があります。いくら仕事にやりがいや楽しさを感じていたとしても、会社の提示する不当な対価に我慢し続ける必要はありません。
弊所弁護士は、ご依頼者がその労働に応じた正当な対価を受け取ることができるよう、精力的に活動していきます。残業代請求をしていきたいとお考えの方は、ぜひ一度、弊所にお問い合わせください。