新しいオーナーから、いきなり家賃増額請求!!

1.事案の概要~弁護士との相談に至るまで~

相談者は東京新宿でネイルサロンを経営する女性。
相手方はテナントビルの新しいオーナー。

約5年前、念願のネイルサロンを開業しようと新宿区内で物件を探していたところ、家賃が相場より比較的安い30万円(共益費込)のテナントを発見。
すぐさま賃貸借契約を締結し、無事に開業することになりました。
開業当初はたいへんだったものの、徐々にお客様が増えていき、ようやく経営も安定してきた状況でした。

そんな矢先、テナントビルのオーナーが変更した旨の通知とともに、新しいオーナーから家賃を40万円(共益費別:家賃の10%)に増額するとの請求が。
いきなりの家賃の増額請求に驚き、すぐさま新しいオーナーに連絡。
「少しの増額ならまだしも、従来の家賃から共益費入れると約1.5倍近くになる増額となると経営が厳しくなるので、増額の幅を下げてくれないか」と伝えました。

しかし新しいオーナーは、
「ほかのテナントは払うと言っている、払わないであれば出て行ってもらうしかない」と取り付く島もない対応。

しかも、それだけにとどまらず、営業時間中に共用部分の電気や空調を切ったりなどお客様に迷惑をかけてしまう嫌がらせまでしてくる始末でした。

相談者は、テナントのオーナーだからといって嫌がらせはもちろん、家賃の大幅な増額が許されるのはおかしいのではないかと思い、ネットで検索。
同じ新宿区にあり、不動産トラブルも多く取り扱っている当事務所のHPを見つけ、相談に来られました。

2.弁護士との相談~方針決定~

弁護士は、まず家賃の増額について法的観点から説明。

オーナー(貸主)は、下記のような場合、借主に賃料増額を請求することができると法律上規定されています(借地借家法32条本文)。

  1. 土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により賃料が不相当となったとき
  2. 土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により賃料が不相当となったとき
  3. 近傍同種の建物の借賃に比較して賃料が不相当となったとき

そして推測ではあるものの、相談者のケースはおそらく、2の土地・建物の価格上昇、経済事情の変動と、3の近傍同種の建物の賃料比較を根拠に、賃料増額を請求してきたものと思われると。

しかし一方で、上記の根拠となる事情があったとしても、従来の家賃から共益費含めると1.5倍近くになる増額請求はあまりに大きく、こちらの言い分を弁護士が伝えることで、増額幅を適正なところまで抑えられる可能性があることも伝えました。
もちろん、共用部における嫌がらせは行わないようにと伝えることも。

相談者は、弁護士費用もあるのでいったん持ち帰って検討するとのこと。
翌日、一晩考えた結果、お願いしたいとのことでご依頼いただくことに。

考えた結果を聞くと、自ら交渉しようとしてもまともに相手にもされず、しかも嫌がらせまで受けていたことは精神的に大きく負担に感じていたと。
また、ネイルサロン自体は順調にお客様が増えていっている中で、お客様へのサービスに集中したい気持ちも強くあるとも。

弁護士は早速方針を打ち合わせることに。
依頼者の要望は、嫌がらせの防止と適正な家賃での決着とのこと。

そこで方針としては、まず相手方の主張する金額の賃料増額請求は受け入れることができない旨および今後嫌がらせは行わないよう通知
ただ一方で、具体的な証拠とともに増額の根拠を示してくれるのであれば、交渉において適正な賃料の増額を合意して解決したい旨も。

ここで適正であれば賃料の増額を合意すると伝えるのは、ある意味最初から相手方の言い分を一定程度飲むようで不自然に見える方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら交渉の余地なく賃料増額を受け入れられないと伝えるだけになると、相手方は賃料増額請求の調停や訴訟まで行う可能性が高くなります。

そして賃料増額請求の調停や訴訟まで行うとなると、解決までの時間が長期化することもさることながら、調停や訴訟に関する費用も発生してしまいます。
それゆえ時間や経済的なコストを考えると、交渉により適正な増額賃料で合意できるのであれば、結果として依頼者の負担が少なくなるからです。

もっとも、弁護士が介入しても、相手方によっては交渉のテーブルに乗らなかったり、交渉がまとまらないこともあります。
その際は調停や訴訟も致し方ないかもしれませんが、可能な限り依頼者にとって利益となる結果を求めるのが弁護士の務めだからです。

以上の方針戦略および相手方によっては調停や訴訟まで発展する可能性を伝え、ご納得の上で事件に着手することになりました。

3.受任後の弁護士の活動~解決に至るまで~

弁護士は、下記の内容で早速相手方に内容証明を送付。

  1. 40万円(共益費別)との賃料増額請求には応じることができない
  2. 今後共有部分に関する嫌がらせは行わない
  3. 具体的な証拠とともに増額の根拠を提示いただいた場合、交渉において適正な賃料の増額で合意して解決したい意向
  4. 交渉等により賃料が確定するまで、相当と認める額の賃料(従前の賃料)の支払いを続ける

4の従前の賃料額の支払いを続けるとの主張は、法律に基づくものです。
法律上、賃料増額請求を受けた賃借人は、当事者間に協議が整わないときは、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の賃料を支払うことをもって足りるとされています(借地借家法32条2項)。

この法律により、相当と認める額の賃料(従前の賃料)を支払い続けていれば、賃貸人たる相手方から賃料の滞納・未払があるとして賃貸借契約を解約(解除)されることを阻止できることになります。
(なお、増額を正当とする裁判が確定すると、差額分については支払う必要があります。)

内容証明を送付して間もなく、相手方の代理人となった弁護士から連絡が。

まず嫌がらせについては、相手方は今後は行わないと言っているので安心してもらえればと。
他方、賃料増額については、40万円(共益費別)のまま変わらず適正と考えているとのこと。
その根拠としては、近隣建物の賃料相場との比較で、近隣の募集しているテナント物件の資料を証拠として提出してきました。

以上を依頼者に報告するとともに今後の交渉について打ち合わせることに。

まず提出してきた証拠資料を弁護士が精査した結果、依頼者が借りている物件とそのまま比較できるものではないことが判明。

というのも相手方の証拠資料は、浅い築年数のいわゆる築浅物件であったり、1階の物件を主にしたもの。
しかしながら依頼者が借りている物件は、築20年以上の物件であるし、5階の物件。

すなわち相手方は、築浅や1階の物件をメインに高額の賃料で取引されているものに証拠資料を絞って、さも自らの賃料増額請求が適正であると見せつけてきたのです。

もっとも弁護士も独自に調査したところ、たしかに近隣建物の賃料相場からすると現状の30万円から少なくとも10%増となる33万円あたりまでは賃料増額が認められる可能性が十分あることを伝えました。

そこで、こちらからの主張としては、提出された証拠は当該物件と直接比較できるものではないものの、33万円(共益費込)の増額であれば受け入れると回答することに。

そして上記を回答すると、相手方弁護士は検討するとのこと。
その後、検討した結果、33万円(共益費込)の増額にとどめることはできないので、賃料増額請求の調停に移行すると。

弁護士は、調停自体や今後の流れについて説明。

賃料増額請求においては、まずは協議で解決できるなら解決すべきとの法の趣旨から、訴訟の前に調停を申し立てることが必要とされています(民事調停法24条の2・調停前置主義)

調停とは、民事上の紛争解決のために、第三者が和解の仲介を行い、当事者間の合意の成立を目指す手続です。
この第三者とは、裁判官と民間の委員(調停委員)のことをいい、調停における合意が不成立(不調)となってはじめて訴訟提起が可能となります。

依頼者は、調停で終わるにしろ訴訟までになるにしろ、もはや裁判沙汰の状況になったのならば、納得のいくかたちで解決したいとのこと。
弁護士は全力を尽くすことを約束し、調停に挑むことになりました。

調停においては、相手方から40万円(共益費別)の賃料が相当であるとの不動産鑑定評価書が提出されました。

しかし弁護士が内容を精査すると、あまりに相手方に有利に作られたものであったため不相当だと反論。
複数回の期日を経たものの、結局金額に折り合いがつかず,調停は不成立(不調)に。

そして案の定、相手方から賃料増額請求の訴訟提起がなされました。

訴訟では,裁判所から賃借人(借主)側からも不動産鑑定評価書を提出してほしいとの要求が。
そこで当事務所の懇意にしている不動産鑑定士に作成を依頼。
あわせて専門の不動産鑑定士の目から、改めて相手方が提出した不動産鑑定評価書も精査してもらうことに。

不動産鑑定士は、相手方の不動産鑑定評価書については、明らかな誤りもある上、意図的に賃料を高額に算定しており、到底信頼できるものではないと一蹴。
一方、こちらの不動産鑑定評価書については、当該物件は賃料32万円(共益費込)が相当であるという内容のものが完成。

弁護士は、こちらの不動産鑑定評価書を裁判所に提出するとともに相手方のものが不相当であることを法的に主張しました。
結果、裁判所はこちら側の主張につき理由があるとのことで、すべて認めるかたちでの賃料32万円(共益費込)で訴訟は終了。

依頼者からは、「時間は長くなったものの、納得のいく解決に導いていただき本当にありがとうございました」とのお声をいただき、無事事件は終結にいたりました。

4.弁護士からのコメント

テナントの賃貸においては、オーナーが新しく変わると、今までの付き合いなど関係なく家賃の増額を請求されることがままあります。

しかしオーナーだからといって、いくらでも自由に家賃を増額できるわけではありません。
上述したとおり、あくまで増額する法律上の根拠が必要ですし、その増額幅も適正な額である必要があります。

それにもかかわらず、残念ながら今回のケースのようにオーナーという強い立場を武器に不当な増額を請求がされる事例が後を絶ちません。
ですので、オーナーの増額請求が不当だと思った際には、そのまま受け入れることなく、いちど弁護士に相談しましょう。

また今回のケースは、家賃増額請求の調停そして訴訟にまで発展したケースでした。

この点、調停・訴訟となった際には、弁護士としても経験や実績を踏まえたノウハウが重要となってきます。
おかげさまで当事務所は、設立以来さまざまな不動産トラブルを手がけてきたこともあり、不動産トラブルに関するノウハウが蓄積されてきます。
その意味で今回のケースは、懇意にしている不動産鑑定士の協力もあり、当事務所のノウハウが生きた事例ともいえます。

最後に家賃増額請求はもちろん、不動産トラブルでお悩み・お困りの方は遠慮なく当事務所にご相談ください。

Bio

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。YouTubeチャンネル「弁護士ばやし」